燃料代減、貨物需要増などが好材料。将来を予測し、必要な輸送力を整えることが大切
海上輸送を手がける「海運業」。国内では、日本郵船、商船三井、川崎汽船の3社が代表的な存在だ。各社はそれぞれ、「グランド・アライアンス」(日本郵船)、「ザ・ニュー・ワールド・アライアンス」(商船三井)、「CKYHEアライアンス」(川崎汽船)という国際的なアライアンス(企業連合)に属し、共同運航などを行ってコスト削減を目指している。貨物は、鉄鉱石、石炭、原油、鋼材、木材、穀物、自動車などバラエティー豊か。それらを運ぶために、コンテナ船(さまざまな貨物を収めた「コンテナ」を運ぶ船)、バラ積み船(石炭や穀物などをバラバラな状態のまま輸送する船)、自動車運搬船、タンカーなどを用意する必要がある。
社団法人日本船主協会によると、2007年における日本商船隊(日本の外航海運会社が運航する船全体を指す)の総運賃収入は3兆3980億円だった。ところが、08年9月のリーマン・ショックを機に、世界の海運需要は大幅に縮小。09年の総運賃収入は2兆240億円にまで落ち込んだ。その後、世界経済の立ち直りに歩調を合わせ、各社の業績も徐々に回復。13年の総運賃収入は、対前年比14.8パーセント増の2兆9780億円まで戻ってきた。現在、世界経済の一部に減速傾向が見られるのは懸念材料。しかし、原油価格の下落によって燃料代が減少傾向にあること、円安による日本企業の輸出拡大、20年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け国内で貨物の動きが活発化しそうなことなどは、海運業界にとって明るい材料と言えるだろう。
一般に、世界経済が活発であればあるほど、海運業界が手がける輸送量も増加する。一方、貨物を運ぶために必要な船は、造船会社に注文をしてから引き渡されるまでに数年かかることもある。そのため海運業界では、好況時に発注した船が景気減速後に完成し、十分に活用できないケースが珍しくない。反対に、好況の到来を予測できず、ニーズを満たすだけの船を用意できずに機会損失を招くこともあるのだ。各社にとって、世界の経済動向に注意を払い、どの貨物の輸送ニーズがどの程度増えそうなのかを見極め、適切な輸送力を整えていくことが何よりも重要だ。また、国際的な競争に打ち勝ち、顧客からの値下げ圧力に応じるために、効率化に関する努力を重ねることも必須となっている。
このところ注目されているのは、「シェールガス革命」(キーワード参照)によるガス輸送の需要増加である。米国などではシェールガスの採掘が本格化。これらをLNG(液化天然ガス)として輸送する「LNG船」のニーズが増えそうで、各社が輸送力強化を目指している。また、「オフショア開発」(キーワード参照)も焦点。今後、世界的に海底ガス田・海底油田などの開発が進むと見込まれており、海運業界にとっては大きなビジネスチャンスと言えそうだ。単に資源を輸送するだけでなく、資源開発や生産を支援する船を用意して早い段階から資源開発に深くかかわることで、より大きな収益を得ようとしている。
陸運も含めた「トータル物流」への対応強化も重要だ。例えば15年3月、日本郵船はミャンマーで自動車の内陸輸送を扱う合弁会社を設立。港まで自動車を運んで終わるのではなく、陸路を使って都市へ自動車を届けるところまでを手がけることで、他社との差別化を図る狙いだ。
そして、この業界でも「ビッグデータ」(キーワード参照)への注目が集まっている。大型船の移動には大量の燃料が必要となるため、過去の膨大な輸送実績・航路・気象条件などの情報を分析することで、燃料節約を図れるのだ。また、エンジンの故障などで船が長期間使えなくなることを防ぐため、過去のデータを分析し、故障が起こる前に老朽部品の交換などを行う取り組みも進められている。
海運業界志望者が知っておきたいキーワード
国内3大大手企業の通称。NYKは日本郵船(英語名称:Nippon Yusen Kabushiki Kaisha)、MOLは商船三井(英語名称:Mitsui O.S.K. Lines, Ltd.)、”K”LINEは川崎汽船(英語名称:Kawasaki Kisen Kaisha, Ltd.)をそれぞれ指す。
Twenty-foot Equivalent Unitの略で、20フィートコンテナを意味する。コンテナ船の積載能力や、港の貨物取扱高を示す際に、貨物の容量を表す単位として利用される。
パナマ運河をギリギリ通行できるサイズの船のこと。この基準値を満たす形で設計された貨物船は多い。ほかに船のサイズを表す言葉としては、ハンディサイズ(パナマックスよりも小型)や、ケープサイズ(パナマックスよりも大型)などもある。
オフショアとは沖合という意味。海運業界では、海底ガス田・油田などの海洋資源を開発することを指すケースが多い。
単に「シェール革命」とも呼ぶ。シェールガスとは、地中深くの頁岩層(けつがんそう。別名シェール層)から採掘される天然ガスのこと。これを液化し、輸送するケースが増えている。アメリカが世界最大の資源大国に躍り出ることで、グローバルなエネルギー事情が一変することから「革命」と呼ばれる。
「膨大なデータ」のこと。過去に運航した船の航路・速度・気象条件・燃料消費量などを集め、さまざまな角度から分析することで、燃料をより節約できる航路・速度を見いだそうとしている。
このニュースだけは要チェック <シェールガス開発に伴う動きには注目したい>
・商船三井が、米国でシェールガス開発を手がけている三井物産との間で、LNG輸送に関する契約を締結した。商船三井が新たに建造したLNG船を、三井物産が出資するシェールガス田から産出されるLNGの輸送に従事させる。商船三井は、今後もLNG輸送サービスを強化する予定。(2015年1月29日)
・川崎汽船が、官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)と、陸運会社の日本ロジテムとの合弁で、ベトナムで冷凍冷蔵倉庫事業を手がける会社を設立すると発表。日系スーパーやコンビニ、和食レストランが増えるベトナムで、日本からの食品輸送ニーズ増に応える動き。(2014年9月25日)
この業界とも深いつながりが <海洋資源関連の案件で総合商社と協力する機会が大>
総合商社
資源の輸送事業や、海洋資源の開発プロジェクトで頻繁に連携
IT(情報システム系)
ビッグデータ活用のため、ITベンダーと協力するケースが目立つ
陸運
海運と陸運を組み合わせた「トータル物流」を提供する企業が増加
この業界の指南役
日本総合研究所 主任研究員 吉田賢哉氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。専門は、新規事業戦略やマーケティング戦略、企業のビジョンづくり・組織戦略など。製造・情報通信分野などの業界動向調査や商品需要予測も手がける。
取材・文/白谷輝英 イラスト/坂谷はるか