自由化によって業界は転換点に。今後は、電力・ガスの枠組みを超えた争いが激化しそう
日本における電力需要は減少傾向である。電気事業連合会によると、2014年度における電力10社合計の電力需要は8230億キロワット時。前年度(8485億キロワット時)に比べて3.0パーセント減、東日本大震災前の2010年度より9.2パーセント減となった。震災と原子力発電所の事故、火力発電所の燃料費増大による電気料金値上げなどがきっかけとなり、日本では節電への取り組みが進行中。最新の建物では「ネット・ゼロ・エネルギー」(キーワード参照)が導入されたものも多く、今後はさらに需要が縮小する可能性もある。
これに対し、ガス需要は堅調だ。一般社団法人日本ガス協会によると、14年度における全国の一般ガス事業者207社のガス販売量は370.99億立方メートルで、前年度比1.1パーセント増。10年度から5年連続で、需要は拡大中である。一時は高騰していたLNG(液化天然ガス)価格も14年後半以降は落ち着き始めており、各社の経営にプラスの効果をもたらしている。
現在の電力・ガス業界は、大きな転換点に直面している。その背景にあるのが、政府が主導するエネルギーシステムの改革だ。
これまでの両業界は、国から認められた企業が地域独占で事業を行ってきた。ところが政府は、エネルギー産業の成長産業化と消費者利益の向上を目指し、縦割りだった市場の垣根を取り払って総合的なエネルギー市場を作ろうとしている。その一環として進められているのが、電力・ガス市場の「自由化」(キーワード参照)だ。例えば電力業界では、2000年に大規模工場やオフィスビル向けの電力が、既存の地域電力会社以外から購入できるようになった。04年には中規模工場や中小ビル、05年には小規模工場でも同様の自由化が実施。そして16年4月には、ついに一般家庭向けの電力小売りが自由化される。また、ガス市場についても、17年をメドに小売り自由化が行われる予定だ。
自由化は、その後も進む見込み。20年4月には、電力市場において、発電・小売り事業と送配電事業の兼業が原則禁止される(発送電分離)。これまでは、電力会社が発電設備と送・配電設備の両方を持っていたため、送・配電設備を持たない発電事業者が新規参入する際に不利な立場に置かれる懸念があった。しかし、今後は送・配電事業が中立化されることで電力市場がより公平・平等なものになり、発電事業への新規参入が活発化するのではと期待されている。また、ガス市場においても、22年4月に同じような改革が行われる予定。需要が特に多く、ガスの導管総距離が長い大手3社(東京ガス・大阪ガス・東邦ガス)を対象に、LNG基地事業・小売り事業と、ガス導管事業の兼業が原則禁止される(ガス導管事業の法的分離)。
こうした自由化によって、異業種からの電力小売り事業参入が相次いでいる。15年10月、ガス系の「静岡ガス&パワー」「北海道ガス」、石油系の「昭和シェル石油」「東燃ゼネラル石油」、大口需要家向けに電力供給実績のある「エネット」「イーレックス」、再生可能エネルギー系の「グリーンサークル」など40社が、小売り電気事業者として新たに登録を受けた。この後も、登録事業者は増える見込みである。
異業種参入により、競争環境は激化するだろう。そこで各社は、躍起になって消費者の囲い込みを目指している。代表的な動きが、電力会社がガスの販売に乗り出したり、逆に、ガス会社が電力販売を手がけたりするケース。いずれは、電力とガスを同時契約した場合に料金を割り引くなどのサービスを打ち出す企業が増えそうだ。また、携帯電話キャリアや通信企業などと協力して携帯電話・インターネット料金などとのセット割引を行ったり、各種ポイントを提供したりすることも増えるとみられる。
電力業界では、太陽光発電などの再生可能エネルギーに注目したい。政府は15年7月、将来に向けたエネルギーミックス(キーワード参照)を公表。再生可能エネルギーの利用拡大は、さらに加速される見通しだ。一方のガス業界では、都市ガスなどから水素を取り出して発電する「エネファーム」(キーワード参照)など、新たな成長分野への投資が盛んになるだろう。
電力・ガス業界志望者が知っておきたいキーワード
省エネによって消費エネルギー量を削減するとともに、消費したエネルギーと同量のエネルギー量を生産することで、エネルギーの正味(ネット)消費量をゼロまたは概ねゼロとなる建築物のこと。住宅の場合は「ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)」、ビルの場合は「ZEB(ゼロ・エネルギー・ビルディング)」と呼ばれる。2012年以降、政府による補助金が投入されており、今後の拡大が期待される。
16年4月、家庭向けを含む低圧・電灯分野(契約電力50キロワット未満)の電力小売りが自由化され、好きな電力会社から電力を購入できるようになる。またガス市場についても、17年をメドに小売り参入の自由化が実現される予定。家庭など供給されるガスに対して、小売りの地域独占・料金規制を撤廃し、登録を受けた事業者の参入が可能になる。
特定のエネルギー源に頼っていると、経済や国際政治などの環境が変わってそのエネルギーを使い続けられなくなった場合、重大な危機に陥る。そこで、さまざまな発電設備の特性も踏まえ、供給の安定性、経済性、環境性、持続可能性などの観点から電源の構成を最適化することがエネルギーミックス。「エネルギーのベストミックス」とも呼ぶ。15年7月、経済産業省は「長期エネルギー需給見通し」を決定し、30年のエネルギーミックスについて、目安とすべき具体的数値を定めた。
「家庭用燃料電池コージェネレーションシステム」の愛称。コージェネレーション(cogeneration)システムとは、発電時に出る熱なども利用するエネルギー供給システムを指す。都市ガスなどから水素を取り出し、空気中の酸素と化合させて発電。さらに、電力を起こす際の廃熱でお湯を沸かすなど、ムダの少ないエネルギー利用が可能だ。
このニュースだけは要チェック <電力会社とガス会社の提携が活発化>
・東北電力と東京ガスが共同で、新会社「シナジアパワー」を設立。2016年4月から、北関東を中心とする関東圏で電力の小売事業をスタートする。東北電力が持つ電力と、東京ガスが持つ販売網を組み合わせることで、顧客獲得競争に勝ち抜くことが狙い。(2015年10月1日)
・東京電力とソフトバンクが、電力と通信・インターネットサービス分野で業務提携。16年4月の電力小売り自由化をにらみ、電力と通信のセット販売を手がける。今後は、電気代とインターネット通信料をまとめた割引プランなどについて協議を行う予定。(2015年10月7日)
この業界とも深いつながりが<ほかのインフラ業界と提携拡大の可能性も>
携帯電話キャリア
電話・ネット通信料と、電気・ガス料金のセット割引などで提携が進む
住宅メーカー
オール電化、家庭用燃料電池システムを取り入れた住宅造りで協力
石油
電力・ガス会社より企業規模が大きい石油各社が、発電事業に新規参入
この業界の指南役
日本総合研究所 未来デザイン・ラボ シニアマネージャー 田中靖記氏
大阪市立大学大学院文学研究科地理学専修修了。同大学院工学研究科客員研究員。専門は、未来洞察、中長期事業戦略策定、シナリオプランニング、海外市場進出戦略策定など。主に社会インフラ関連業界を担当。また、インド・ASEAN市場の開拓案件を数多く手がけている。
取材・文/白谷輝英 イラスト/坂谷はるか