医療費抑制のため診察報酬引き下げの可能性も。海外進出やIT活用など新たな取り組みに注目
病院とは、病床数が20以上ある医療機関のこと。これに対し、病床数が19以下、あるいは入院施設がない医療機関は診療所と呼ばれる。厚生労働省の「平成28年 医療施設調査」によれば、2016年6月30日現在における全国の医療施設総数は17万8729施設。内訳は、「病院」が8447 施設、「一般診療所」は10万1407施設、「歯科診療所」は6万8875施設だった。これらは経営母体により、民間企業が運営する「医療法人」、国や地方自治体が運営する「国公立病院」や「自治体病院」、大学の付属施設である「大学病院」などに分類されることもある。
一般に、人は年を取るほどケガや病気になりやすく、それだけ医療費もかかる。厚生労働省の「平成26年度 医療費の動向」によれば、75歳未満の1人あたり医療費が年21.1万円であるのに対し、75歳以上は年93.1万円だった。そして今の日本では、世界でも例のないほど急激な高齢化が進んでいる。1990年に12.1パーセントだった高齢化率(全人口に占める65歳以上人口の割合)は、2000年に17.4パーセント、10年に23.0パーセント、14年には26.0パーセントと急増。国立社会保障・人口問題研究所によると、25年には高齢化率が30パーセントを突破する見通しだ。こうした背景があるため、国民医療費もまた、増加の一途をたどっている(下記データ参照)。
膨れ上がる医療費を抑えるため、政府はさまざまな対策を講じている。その一環として進められているのが、2年に1度行われる「診療報酬・薬価基準」の見直しだ(下記ニュース参照)。日本では国が診療や薬ごとに価格を定めているが、16年の改定では、診療報酬が0.49パーセント増となったものの、薬価基準は1.22パーセントも引き下げられた。今後、診療報酬や薬価基準が引き下げられる可能性は高いだろう。なお近年、地方の医療機関や救急救命、産婦人科などでは「医療崩壊」が懸念され続けている。これらの分野は医師や看護師にかかる負担が比較的大きく、医療スタッフが充足していない状態が続いている。そして、それがさらに現場の負担を重くするという悪循環が続いているのだ。診療報酬や薬価基準のマイナス改定は医療崩壊の流れに拍車をかける危険性もあるため、注意が必要である。
こうした状況で求められているのが、医療の効率化だ。患者がアクセスしやすい中小病院や診療所は、具合が悪くなったときに最初にみてもらう「かかりつけ医(主治医)」の役割を担当。そこで高度な治療が必要だと見なされた場合、地域の医療拠点となる「中核病院」に紹介するという仕組み作りが進められている。これがうまく機能すれば、かかりつけ医は患者に対する継続的な投薬や健康管理が可能になるし、高度な医療を行うべき中核病院に症状の軽い患者までが集まって医療効率を低下させる事態も防げるだろう。また、高齢化が進む中で、医療と介護の連携も重要な課題だ。厚生労働省では「在宅医療・介護連携推進事業」を進めており、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される体制(地域包括ケアシステム)の実現を目指している。そこでこれからは、医療機関が介護サービスを提供する企業と連携する機会が増えそうだ。
日本式の医療サービスを海外で提供する試みも進んでいる。例えば、日本の医療機関が総合商社、医療機器メーカーなどと組み、ロシアや中国、東南アジア、インドなどで医療サービスを提供(下記ニュース参照)。高品質な日本式サービスが受け入れられれば、現地富裕層を取り込んで利益が期待できるし、関連して医療機器販売などの伸びも見込まれる。さらに、健診や治療を目的に日本を訪れる「医療ツーリズム」の活性化も期待できるだろう。大手旅行会社の中には、医療ツーリズムを専門に扱う企業・部門を設立しているところもある。
医療の分野でも技術革新は進んでいる。IT活用による遠隔治療の実施、電子カルテシステム導入による事務作業の省力化、ロボット技術導入による手術の補助などに関するニュースにも、ぜひ注目しておきたい。
国民医療費は増える一方だ
1993年
国民医療費……24.4兆円
GDPに対する比率……5.1パーセント
1998年
国民医療費……29.6兆円
GDPに対する比率……5.8パーセント
2003年
国民医療費……31.5兆円
GDPに対する比率……6.3パーセント
2008年
国民医療費……34.8兆円
GDPに対する比率……7.1パーセント
2013年
国民医療費……40.0兆円
GDPに対する比率……8.3パーセント
※厚生労働省「平成25年度 国民医療費の概況」より。金額が増えているだけでなく、国民医療費のGDPに対する比率も高まっており、このままでは財政危機の一因となる危険性が高い。
このニュースだけは要チェック <海外での病院経営参画の動きが活発化>
・三井物産が、アジア最大級の中間所得者層向け病院グループであるコロンビア・アジアグループに出資すると発表。海外で日本式医療に対する評価が高まれば、来日して医療サービスを受ける外国人の増加にもつながると期待されている。(2016年7月23日)
・最新の診療報酬・薬価基準が発表。前回(2014年)に比べ、診療報酬は0.49パーセント増、薬価基準は1.22パーセント減となった。19年には消費税が10%へと引き上げられる予定だが、これが18年に行われる診療報酬・薬価基準の改定に影響を及ぼす可能性もある。(2016年3月4日)
この業界とも深いつながりが <海外展開の際には、総合商社などと協力する>
総合商社
国内医療機関が総合商社や医療機器メーカーと協力し、海外展開を目指す
介護サービス
介護が必要な高齢者に対し、医療・介護などのサービスを協力して提供
旅行・ホテル
医療ツーリズム事業を手がける旅行会社と協力し、外国人患者にアピール
この業界の指南役
日本総合研究所 シニアマネジャー
吉田賢哉氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。専門は、新規事業戦略やマーケティング戦略、企業のビジョンづくり・組織戦略など。製造・情報通信分野などの業界動向調査や商品需要予測も手がける。
取材・文/白谷輝英 イラスト/千野エー