世界的な生産過剰などが懸念材料。規模拡大によるコスト削減と、高付加価値製品の開発がカギ
鉄鋼メーカーは、「高炉」を使って鉄鉱石から鉄を生み出す「高炉メーカー」、鉄スクラップから「電炉」を使って鉄を生み出す「電炉(電気炉)メーカー」、高度な鉄合金を生産する「特殊鋼メーカー」に大別できる。高炉メーカーの代表格は、新日鐵住金、JFEホールディングス、神戸製鋼所。また、電炉メーカーとしては東京製鐵や大和工業、特殊鋼メーカーには大同特殊鋼、日立金属などがある。
経済産業省の「鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計年報」によれば、2008年の国内粗鋼生産量は1億1874万トンだった。しかし、リーマン・ショック後の09年に、生産量は8753万トンと激減。さらに、円高による競争力の低下と、価格の安さを武器にシェアを拡大した中国メーカー(河北鋼鉄集団、宝鋼集団など)、韓国メーカー(ポスコなど)との競争激化により、国内メーカーは厳しい状況に追い込まれていた。ところが、いわゆる「アベノミクス」によって円高の是正、建設需要の回復などが進んだことで、各社の業績は回復傾向。14年の国内粗鋼生産量は1億1067万トンで、2年連続の増加となった。また、20年の東京オリンピック・パラリンピック開催で建設関連の投資が進み、国内需要が伸びていることも、鉄鋼業界にとって明るい材料と言える。
ただ、世界的な視点で見ると、市場の状況は不透明な部分が多い。最も大きな懸念材料は、「生産過剰」だ。近年、中国メーカーは生産能力を増強し、世界の粗鋼生産量(約16億トン)の半分程度を占めるほどになった。これによって余剰鉄鋼が増え、価格下落リスクが高まっている。また、原油などのエネルギー価格が下がり、エネルギー関連の投資が落ち込んでいるのも不安な点。油田採掘用の鋼管や天然ガスのパイプラインなどの需要に、悪影響が出そう。さらに、一部新興国の成長鈍化、EUにおけるギリシャの財政危機なども気がかりだ。
こうした中、日本の鉄鋼メーカーはコスト削減を進めて競争力を高めようとしている。最も目立つ動きが、経営統合による事業規模の拡大だ。鉄鋼の生産設備には大規模な投資が必要となるため、企業は投資に耐えられるだけの経営体力を備えることが重要。また、生産規模が大きくなるほどコストが削減される、「規模の経済性」が働きやすい。こうした背景から、このところ経営統合が相次いだ。12年には、当時国内1位の新日本製鐵と、3位の住友金属工業が合併して新日鐵住金が誕生。同年、ステンレスに強い日新製鋼と日本金属工業が経営統合し、日新製鋼ホールディングスを設立した。そして日新製鋼ホールディングスは、14年に傘下の2社を吸収。日新製鋼へ社名変更し、統合の度合いをさらに強めている。今後も、国内外で経営統合、業務提携の動きが起こり得るだろう。
技術力の高さを生かし、付加価値の高い製品を生み出して利益を確保しようとする取り組みも活発だ。例えば、自動車業界では燃費性能を高めるため、軽くて強い「高張力鋼板(ハイテン)」のニーズが高まっている。鉄鋼業界としては、技術開発や供給体制を充実させ、厳しくなる自動車メーカーのニーズに応えることが重要だ。また、油田やガス田の採掘には、シームレス鋼管(キーワード参照)と呼ばれるパイプが用いられている。こちらも、地下や海中など過酷な環境下で使われるため、高い技術力が必要な分野だ。
日本企業の強みは技術力。研究開発に投資し、高付加価値製品でグローバルな競争をリードしていくことが、各社の経営のカギを握りそうだ。
鉄鋼業界志望者が知っておきたいキーワード
溶接などを行わずに作り上げた、継ぎ目のない鋼管のこと。圧力やねじれに強いため、石油や天然ガスの採掘用に使われる。
鉄にさまざまな元素を加えた合金鋼のこと。例えば、ニッケルやクロムを加えることで強度が増し、腐食に強くなるといった特性が得られる。
石炭を蒸し焼きにした燃料のこと。発熱量が高く、鉄鉱石中の不純物を取り除く働きがあるため、高炉の燃料として欠かせない。
高炉や電炉の運用を通じ、鉄鋼メーカーは多くの二酸化炭素を排出している。温暖化ガス削減のため、業界全体で取り組みが進行中。
いったん運転を取りやめた高炉を再開するには、長い期間と大きな手間がかかる。設備を集約して生産力を高めるため、生産性の低い高炉を休止・廃止するメーカーもある。
このニュースだけは要チェック <グローバルな業務提携、業界再編の動きに今後も注目したい>
・新日鐵住金が、粗鋼生産量世界最大の鉄鋼メーカーであるアルセロール・ミタル(ルクセンブルク)と合弁で設立した北米の製造拠点で、2016年末をめどに自動車向け高張力鋼板の製造を始めると発表。他社と協力しながら、世界規模で高付加価値品を製造・供給する試みとして注目されている。(2015年5月25日)
・JFEスチールが、鉄鋼系商社の伊藤忠丸紅鉄鋼、UAEのSENAAT社と3社合弁で、エネルギー産業向けの大径溶接鋼管の製造・販売を行う会社を設立することで合意。中東地域でニーズの大きい、パイプライン用の高品質な鋼管の供給を行う。(2015年3月4日)
この業界とも深いつながりが<自動車業界向けの需要が大きくなっている>
自動車
最大の顧客。付加価値の高い鋼板を提供して燃費改善に貢献している
海運
鉄の原料となる鉄鉱石、コークスの輸入には大型の輸送用船舶が欠かせない
重工
重工メーカーが手がける鉄道や船舶、大型プラントには、大量の鉄が不可欠
この業界の指南役
日本総合研究所 主任研究員 吉田賢哉氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。専門は、新規事業戦略やマーケティング戦略、企業のビジョンづくり・組織戦略など。製造・情報通信分野などの業界動向調査や商品需要予測も手がける。
取材・文/白谷輝英 イラスト/坂谷はるか