2020年2月に開催された自転車トラック競技の世界選手権大会にて、種目「オムニアム(※)」で日本人女性史上初の金メダルを獲得した梶原悠未選手。東京2020オリンピックの日本代表選手として金メダルが期待されていた中、新型コロナウイルスの感染拡大により開催延期が決定しました。自分ではどうすることもできない現状を、梶原選手はどう捉え、新たな目標に向けマインドセットをしてきたのか。就職みらい研究所・増本所長がお話をうかがいました。
(※)自転車トラックレースの複合競技。1人が1日に4つの種目を行い、総合成績で競う。
1歳から中学3年生まで競泳に取り組み、全国大会で表彰台に上がったことも。トップにはなれない悔しさから、新たな競技転向を決める。高校進学と同時に自転車競技に出会い、天性の才能を発揮。競技を始めて2カ月後には全国インターハイに出場、高校1年生の終わりの全国選抜大会では、出場した3種目すべてにおいて優勝した。2020年世界選手権大会では日本人女性選手初の金メダルを獲得。「東京オリンピックで金メダルを獲得し、自転車競技をこの日本でメジャースポーツにすること」を自分の使命に掲げている。
梶原悠未 公式サイト https://www.yumi-kajihara.com/
目次
東京2020オリンピックの延期が決定。すぐに気持ちを切り替えられた理由は?
増本
2020年8月現在(取材当時)、新型コロナウイルスの影響は、今もまだ続いています。特に学生たちは、学校の授業内容やスケジュールに変更があったり、いまだに通学できない状況にあったりと、どう行動すればいいのかわからず、戸惑っているようです。
また、出場予定の大会がなくなった体育会学生や、海外留学が中止になってしまった学生も多く、夢に向かって努力していたことが、自分ではどうすることもできない理由で潰(つい)え、落ち込んでいる方も少なくありません。
そんな学生たちに向けて、今回、これからの学校生活や就職活動への向き合い方を考える上で、ヒントになるものがあると思い、梶原さんが「東京2020オリンピックの延期」という思いもよらない事態をどう捉え、行動に移してきたのかをおうかがいできればと思います。
早速ですが、延期が決まった時、その事実をどう受け止めたのでしょうか。
梶原
まず思ったのは、決定されてよかった、ということでした。
3月24日の夜8時に延期のニュースが流れた時は、すごく驚きました。でも、「開催は難しい、中止になるかもしれない」という報道は3月中旬から出始めていた。ある程度覚悟はできていたので、「決まったことならば受け入れよう」「1年後の舞台に向けて新たに準備を始めよう」と、すぐに気持ちを切り替えることができました。
増本
梶原さんは、世界選手権(2020年2月26日から3月1日にかけてドイツ・ベルリンで開催)で日本人女性初の金メダルを獲得され、東京2020オリンピック日本代表選手に内定、金メダル獲得に大きな期待が寄せられています。これまで強い想いを持ち、多くの時間を練習に費やしてきた中で、大会延期を受け入れ、すぐに気持ちをリセットするのは難しいことだったのではないか、と思っていました。
梶原
今振り返ると、発表前で中止なのか延期なのかがわからなかった3月が、一番不安でつらかったですね。開催前提で計画通りに練習していくべきなのか。延期の可能性があるのなら、焦ってトレーニングするよりも計画を立て直して準備する方がいいのではないか。その2択で揺れ動いていました。当時は2週間ほど練習に集中できていなかったので、延期が決まった時、「早く切り替えて2週間分を取り戻そう」と思えました。
延期に関してメディアから取材を受ける機会があったことも、私にとってはプラスでしたね。最初は「1年間、さらに強くなる準備ができたと捉えています」というコメントを用意していたのですが、繰り返し答えるうちに、それが自分の言葉、自分の想いになっていきました。
物事のプラスの面にフォーカスする。言葉の言い換えがマインドセットにつながった
増本
メディアの取材で語る機会が多かったことが、感情の整理につながっていったんですね。
コロナ禍は、物事の捉え方を試される機会でもあるなと思っています。「自分ではどうすることもできないのだから、受け入れて行動を変えよう」と踏み出せる人と、不運な境遇・環境と捉え、大きな不安を前に立ち止まってしまう人がいる。
梶原さんが、すぐに切り替えられたのは、普段から意識していたマインドセットがあったからですか?
梶原
「物事のプラスの面を探すこと」は、いつも心がけています。マイナスなことを挙げれば、切りがありません。「調整はすごくうまくいっていたのに」「開催されていたら、絶対に金メダルが取れたのに」と、悔しさがどんどん出てきてしまう。じゃあ、それ以上にプラスのことはないかと挙げていき、「1年間あれば、さらに強くなって圧倒的な強さで優勝できる」「今までできなかった自宅でのトレーニングができる」などとリストアップしていきました。ポジティブなワードに置き換えていくように意識していましたね。
増本
なるほど。ただ、この状況下で「さあ、ポジティブになろう!」と思うのは、かなり難しいのかなと思うんです。
梶原
そこには、マネージャーである母の存在が大きく影響しています。
いつも1日の練習を終えた後、母にその日感じたことを、すべてさらけ出していました。曖昧な感覚を言語化して説明する作業をずっと重ねてきたんです。母に対して口にした言葉であっても「自分で言ったからには、そう感じているんだ」と自分に返ってきます。そこでポジティブな言葉を何度も繰り返して、自分のものにしてきた感覚がありますね。
また母も、私が口にした言葉をどんどんポジティブなワードに変換してくれるんです。練習がきつくて「もう苦しい!」と言えば、「自分を追い込めて気持ちがいいね」「できるようになって楽しいね」と声を掛けてくれる。それが、物事のプラスの面を捉える訓練になっているんだと思います。
取り組んだのは勉強との両立。知識が成長を加速させてくれる
増本
コロナ禍だからこそ、普段はできない練習や、新たに挑戦したことはありますか?
梶原
大会がなくなってしまったので、自分自身で「大会」を作りました。
「普段の練習内容でベスト記録を目指す」ものですが、2カ月に1回の頻度で設定し、目標タイムに向けて練習に取り組んでいます。
増本
模擬大会を自主設置したということですね。
梶原
普段の練習を続けているだけだと疲労がたまっていき、パフォーマンスが少しずつ落ちていってしまいます。成果を発揮する「大会」を設けることで、決めた日時にピークを持っていく調整方法の練習にもなる。さらに、大会によって練習のフィードバックを得られ、練習計画の見直しもできます。「この記録を達成したいから、今この一本に集中して取り組まないといけない」と、練習の意味が明確になり、モチベーションもすごく上がるようになりました。
増本
セルフマネジメント能力の高さに感動します。「自分で目標を決めて、逆算して行動し、結果を振り返って次につなげる」ことは、誰にとっても動き方のヒントになります。目標自体が些細(ささい)なものでも、自分で決めて動くことが大事ですね。
梶原
そうですね。もう一つ取り組んだのは、4月に入学した大学院の授業をできる限り履修し、勉強と練習を両立させることです。授業がすべてオンラインになり、自宅から受けられることは、私にとってチャンスでした。集中的に学ぼうと決めて、受けた授業はすべてAを取りました。
増本
すごいですね。東京2020オリンピックが延期されたとはいえ、1年後ですから、練習時間の確保を最優先にしていると思っていました。
なぜ、この時期にあえて「勉強との両立」という選択をしたのでしょうか?
梶原
「これを機に勉強してたくさん知識をつけて、もっともっと一流のトップアスリートになるぞ」と思ったんです。
私は筑波大学の4年間で、その日に学んだ知識や考え方を、その日の練習や食生活にすぐに活かす訓練を続けてきました。大会や練習に臨むときや、日々アスリートとして生活する中で、課題や葛藤を解決し克服するためのヒントが、大学の勉強の中に詰まっていたんです。知識を得ることで、自分に足りないところを補ってきました。
増本
なるほど。大学で得た学びが「何に活きるのか」だけでなく、「どう活かすのか」という視点で取り組むことで、勉強と練習を相互作用させる方法を、すでに確立していたのですね。
梶原
東京2020オリンピックの延期で、世界中のアスリートが「時間が増えた」と感じ、練習しているんだと思います。
私も、もちろん集中して練習してきました。しかし、ほかのアスリートにさらに差をつけるとしたらどこか、どうやって2倍、3倍に成長速度を上げていけるかを考えてみたんです。そしてそれが私にとって「勉強して知識をつけること」でした。ほかの人にはない知識を得て自転車競技を研究しようと考えたんです。
自転車競技は、戦術と走力が同じくらい求められる頭脳戦です。今は、自転車競技の戦術を統計学で分析しています。一つひとつの戦術を、論理的に、誰もがわかるように解説することが、練習にも必ず生きてくると思っています。
目標達成の近道は「未来日記」。なりたい自分をリアルにイメージするコツは?
増本
2020年は、多くの大会が中止になりました。就活を控えた体育会学生たちの中には「大会で出した成果を就活でアピールしよう」と考えていた学生も多く、どう動けばいいのかわからず立ち止まってしまっている方もいます。
梶原さんだったら、どんな言葉を掛けたいと思いますか?
梶原
私はアスリートなので結果が大切です。でもそれ以上に、目標に向けて全力で頑張る過程そのものに、人を大きく成長させてくれる価値があると思っています。
私も、東京2020オリンピックを目標に見据え始めた時は、「メダルを取れなかったらどうしよう」という不安の方が大きく、「金メダルを取る」なんて言葉にできなかった。でも、母から「結果がすべてではない、努力したプロセスで得られるものが必ずある」と言われ、真剣に目指す覚悟が固まっていきました。
大会がなくなってしまっても「プロセス」を経たエピソードは必ずあるはずです。そこで自分をどう変えて、成長してきたのかを言葉にしていってほしいと思います。
増本
「オリンピックで金メダルを取る」という目標設定と、就活で社会人として実現したいキャリアを考えることとは、次元の違う話だと思う学生もいるかもしれません。でも、そこに共通の“大事なこと”があるんじゃないかと思うんです。
梶原
そうですね。やはり一番大切なのは、なりたい自分を明確に想像することだと思います。
本当に心の底からワクワクするような自分の姿をイメージできたときに初めて、そこから逆算して今何をすべきかが見えてくる。「こうなりたい!」という自分の欲を全部詰めたら、普段の生活で一切の欲がなくなりストイックに生活することができるようになると思います。欲というと生々しいので、「夢を詰める」がいいですかね(笑)。
増本
ワクワクする未来を描く、それが習慣化したタイミングはいつごろなのでしょう。
梶原
言葉が話せるようになった時からです。母に「将来何になりたいのか」を常に問い掛けられていて、お年玉をもらう時には、その年の目標と将来の夢を宣言しないともらえなかったんです(笑)。
父にはビッグマウスだと言われていたけれど、言葉にしたことを実現していくと、「東京2020オリンピックで金メダルを取る」という夢に近づいていった。言ったからには1歩でも近づけていく有言実行の覚悟は、子どものころから「私はこうなりたい」と言い続けることで根付いていったのだと思います。
増本
徹底した言語化の習慣が、今の梶原さんをつくっているんですね。今からその習慣を身につけるために、始められることはありますか。
梶原
私がやっていることでオススメしたいのは、目標を必ず実現するための「未来日記を付ける」ことです。
例えば、10月1日に大会があるのなら、その日のページに大会を迎えた自分に向けたメッセージを書きます。書くときのルールは、過去形で、具体的に書くこと。
「この種目で何分何秒を出して、ものすごくかっこいい勝ち方をしたね」とか、「すごくいいガッツポーズだったよ」とか。勝ち方や周りの観客の様子、自分の感情をすべて込めて、優勝して表彰台に上がったときの自分が見た景色、その後で受けたインタビューの内容、SNSで報告した文章まで言語化するんです。
さらに、その2週間後にレースがあるのなら、バーンアウト(燃え尽き症候群)しないように、次に向けてモチベーションが上がるような言葉も書き加えます。書くことで、これを必ず実現するとイメージができるし、覚悟が持てるんです。大会に向けたトレーニングも濃いものになりますし、その日を迎えたときにメッセージを読むことで達成感も得られます。
増本
本当にワクワクできるシーンを映像として描き、それを言葉にすることで、実現に向けた具体的なプロセスを行動につながるレベルまで落とし切る。「言語化」の大切さをあらためて感じています。
梶原
日記帳があればできるので、ぜひ実践してみてほしいです。
増本
今回、梶原さんと対談して、目の前で起きたことを意味づけしながら、前向きな行動に移す姿と考え方に感銘を受けました。
もちろん梶原さんご自身にも、これまで絶望や不安はあったと思います。ただ、そこで悩み、迷うことで足を止めず、すべて自分にとって大事な機会に転換していくプロセスには、多くの学生の皆さんにとって実践できることが詰まっていると思いました。そして、そのような姿勢や行動から得られた経験や学びこそ企業が期待し、求めている力と言えるでしょう。
梶原さんがご活躍される姿を見て、多くの学生も勇気づけられることを願っています。
これからのご活躍を心から応援しています。
プロフィール
増本 全(ますもと・ぜん)
就職みらい研究所 所長。新卒入社以来、新卒就職・採用に関する業務に携わる。学生時代、働くことに悩み社会人に片っ端からインタビュー。憧れの八百屋さんの言葉に心を打たれた。
取材・文/田中瑠子
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