※2種類の金属(一般に半導体)の接続部に直流電流を流すと、冷却効果が生まれるペルチェ素子を温度制御に採用した検査装置。
薄型実装技術を生かすために携帯電話の薄型化に取り組む
今では当たり前となった薄型の携帯電話。しかし2004年2月に私たちが開発したカード型携帯電話を世に出すまでは、携帯電話の筐体の厚みは25ミリメートルほどもあるのが普通だったのです。世界最薄にこだわりそれを実現したカード型携帯電話は、中国市場をターゲットにしたもの。国内では売られなかったにもかかわらず、新聞などのメディアでは大きく取り扱われ、話題を集めました。
私がカード型携帯電話の開発に携わるきっかけとなったのは、2001年に生産設備の開発からプロセス開発へ担当が変わったこと(現在のシステム実装研究所の前身)。時を同じくして、モバイルターミナル事業部から研究所に「次に出す携帯をどうしようか考えている。何かネタはないか」という話が来たのです。
「携帯電話は持ち歩くもの。かさばらないことは携帯電話にとって価値の一つになるはずだ」と考えた私たちは、携帯電話の薄型実装技術の開発に取り組むことになりました。私が担当したのは基板の薄型化。検討した結果、1ミリメートルほどあった基板の厚みを、2分の1以下の0.4ミリメートルまで薄くできることがわかりました。しかし先述したようにその当時の携帯電話の厚みは25ミリメートル。薄型の基板を採用しても、0.6ミリメートル薄くなるだけです。しかも従来の基板はその厚みで筐体の強度を支える役割も担っていた。薄型化すると、筐体の強度も保てない。つまりこれまでと同等の品質が確保できない可能性があるのです。「そんなリスクを抱えたままで、薄型の基板だけを事業部門に提案しても採用してくれない。基板の薄型実装を世に出すためには、筐体全体を薄くするとともに、薄くしても品質を担保できることを証明しないとダメだ」──筐体の構成要素一つひとつを、品質を担保したままどこまで薄くできるかを徹底的に考えることにしたのです。
筐体の開発もその一つ。当時の筐体はオールプラスチック製。落としても割れないよう、強度を保つためにそれなりの厚みのあるプラスチックでできていたのです。つまりプラスチックのままではこれ以上、薄くすることはできません。薄くしても強度を保てるよう、私とは別のメンバーが金属筐体の開発に取り組みました。今では当たり前のように筐体に使われている金属ですが、実は私たちが開発するまで筐体の材料に金属を採用した携帯電話はありませんでした。なぜなら金属で筐体を覆ってしまうと、アンテナに電波が届きにくくなり、電話機としての品質を劣化させてしまうからです。そこでアンテナを取り付ける部分にのみプラスチックを採用することで、通信品質の問題を解決することにしました。また別のメンバーが取り組んでいたアンテナの小型化技術などを採用し、相談されてから1年後の02年に厚さ8ミリメートルの携帯電話を設計、その完成見本を作り、事業部門に提案しました。すると事業部門も関心を持ち、コスト面や生産面を考慮しより現実的な厚みとなる8.6ミリメートルという世界最薄(当時)携帯電話の製品化にチャレンジすることが決まったのです。「やっと私が開発した基板の薄型実装が生かすことができる」と、ワクワクしましたね。
本来なら試作ができた段階で、事業部門に移管し、私たち研究所のメンバーの手を離れるのですが、カード型携帯に関しては、私をはじめ小型実装技術に取り組んでいた研究所のメンバー3人が最後の仕上げまで携わることになりました。実はこのカード型携帯電話には大きな欠点があったんです。それはバッテリ容量が少ないこと。そこで、大容量バッテリを希望する人向けに補助バッテリ機能を兼ねた接続拡張機も私が設計しました。せっかくの世界最薄の携帯電話です。実装技術の研究者の仕事の範囲を超えていることはわかっていますが、最後まで徹底的に薄型にこだわりたかったので、人に任せることはしませんでした。今このタイミングで薄型化に貢献できるのは自分しかいないと思っていたのです。
折り畳み型携帯、スマートフォンでも世界最薄に挑戦
カード型携帯電話が製品化したのを見届け、次に私が取り組んだのは折り畳み型で世界最薄を目指すための要素技術の開発でした。NECの携帯電話といえば、折り畳み型。その薄型化へのチャレンジでした。
カード型携帯電話では筐体の薄型化を図るため、金属筐体を採用しました。しかし筐体は金属のままでいいというわけではなかったのです。というのも金属筐体には、2つ大きな欠点がありました。1つはデザイン性が乏しくなること。もう1つはぶつけると凹むことです。その課題を解決するために考えたのが、金属と樹脂を一体化したハイブリッド筐体です。ハイブリッド筐体と簡単に言いますが、金属と樹脂は本来、くっつかないもの同士。両者が外れない成形を考え、かつ強度・剛性を保つ筐体の開発に取り組みました。そしてハイブリッド筐体を採用した際の厚みについて計算。すると11ミリメートル台まで薄型化ができることがわかり、レポートとしてまとめて事業部門に提出。前回同様、事業部門と共に製品開発を行い、05年9月には世界最薄の折り畳み携帯として中国市場向けに発売されました。NECカシオモバイルコミュニケーションズから発売されたスマートフォン「MEDIAS(メディアス)」にも、私が開発した実装技術が採用されています。
09年9月にモバイルターミナル事業部門に異動した私は、スマートフォン用基板の小型実装技術に取り組むこととなりました。スマートフォンの基板にはさまざまな電子部品が配置されています。これまでNECでは、電機メーカーとしてのこだわりから、各電子部品から出る電磁波が干渉し合わないよう、個別に金属フレームで囲む方法を採用していました。しかしそれではどうしても基板の小型化には限界があります。そこでいくつかの電子部品をまとめて1つの金属フレームを囲む大型フレームを採用することにしたのです。とはいえ、電子部品同士が干渉しないようにするためには仕切り板が必要になります。幕の内弁当のような構造です。大型フレームのメリットを最大限に生かすためには部品の配置は究極まで詰める必要がありますが、全体の形状も、仕切り板の配置も複雑になる。そうなると今度ははんだ付けがかなり難しくなる。そんな難しい製造工程でも、当社が設定している不良率は守らなければなりません。100個ぐらいならその不良率を下回ることは簡単かもしれませんが、実際製造するのはそんな単位ではありません。そこで半年間かけて、こんなことはありえないけどというような条件をいくつも設定して、それでも当社が定めた不良率を下回るというデータを取り、証明したのです。
大型フレームの形状が複雑になると、構造上壁面の一部を切り欠か(切り欠く:接合のため細長く切った溝や穴のこと)なければなりません。電気特性上、切り欠きがあっても問題ないことを確認していますが、なければその分電気設計がしやすくなります。このため、私は切り欠きのない構造を製作できるメーカーを探し出し、壁面が連続した大型シールドを実装した基板への変更を提案したのです。製品が出る半年前のことです。すでに製品設計が終わっている段階でしたが了承され、11年6月の製品にはその基板が採用されています。
なぜ、そこまでと思われるかもしれません。でもモノを開発するということは、自己満足で終わってはいけないのです。開発したモノに価値があるかどうかは、お客さまが買うかどうかで決まるものだからです。そして人を満足させるものを提供できたかどうかで、研究者の価値が決まる。「おっ、この携帯電話、薄くていいよね」「うん、欲しいよ」という声を聞くたびに、もっと頑張ろうという気持ちにもなり、研究者としての自信もわくんです。だから、人に満足を与えるためだったら、どんな泥臭いことも泥臭いと感じることもありません。
もちろん、こだわりを持って仕事に取り組めた背景には、私の考えや想いを支えてくれた人たちがいたこともあります。
世界最薄にこだわり続けたからこそ、世界最薄の携帯を次々と提供できた。常にナンバーワンを目指す。そのこだわりを持つこと、そして自己満足ではなく人を満足させる努力をし続けることが、開発者にとって大事だと思うんです。