【ベトナム編】“飲みニュケーション”がモノを言うベトナム

Reported by 回遊魚
ベトナムのハノイにある日系オフィスに勤務。現地では、ローカルフードの食べ比べや、テニス、写真撮影、旅行を楽しんでいる。

相手のミスは水に流す

はじめまして。回遊魚です。ベトナムのハノイにある日系のオフィスに勤務しています。

同僚は日本人ですが、一緒にプロジェクトを進めているカウンターパート(対応相手)には、ベトナムをはじめとした東南アジアの方々が大勢います。オフィスにいる秘書やローカルスタッフはベトナム人です。したがって、会議や研修、文書など、仕事の場面で使う言語は、基本的に英語となります。各国カウンターパートに対するあいさつはその国の言葉でできるようにしています。

ベトナムの仕事で特徴的なのは、規則に厳しいこと。共産主義体制のためなのか、政府を相手に仕事をする際に特にそう感じます。それも全体的に整合性のある規則ではなく、部署や組織が個別に作った規則の組み合わせになっているので、とてもわかりにくいのです。何をするにも文書が必要になり、提出先が間違っていないか、内容は相手にとって受け入れやすいものになっているかなど、入念なチェックが必要。何かの許可を得ようとする場合など、実質的に権限を持っている人と形式的に権限を持っている人が違ったりするケースもあり、まず誰に相談すべきか非常に気を使います。キーパーソンを間違って飛ばしてしまうと「話を聞いていない」とへそを曲げられ、話が棚上げされてしまうこともあるからです。

また、相手に依頼内容を説明する際、相手にかける負担を極力少なくすることや、その上相手にメリットがあることなども強調します。例えば、「経費はこちらで持ちます」と申し出つつ、「技術レベルの高いベトナムにはぜひ参画してほしい」と言って相手を持ち上げることも忘れません。こういった現地ならではの気の使い方は、ローカルスタッフが教えてくれるのです。儀礼的とはいえ、「いつもお世話になっています」「前回はありがとうございました」などとひと言添えると話がスムーズに進むことから、日本流の作法も通じることがわかりました。もちろん、その案件が無事に終わった後にはきちんと礼状を書くようにしています。

ベトナム人は面子を大切にするので、何かトラブルがあったときなどは、明らかに相手のせいであっても、相手の立場を理解しているという姿勢を見せ、また怒った顔も見せないようにして、解決策を一緒に探すように心がけています。秘書がたまにミスをしたときなども、さらっと「次回はこうしよう」という感じで説明すれば、気持ちよく仕事を続けてくれますね。赴任3カ月後くらいのころ、訪問先のオフィスでお酒を出され、飲み過ぎた訪問相手に「なんでお前はベトナムに来てるんだ」などと絡まれてしまったことがありました。そのときは、相手が寝てしまったので何とか解放されたのですが、翌日、その人の上司がわざわざ謝罪に来たので、「こっちも酔っていて覚えていない」と言ったところ、ベトナム的にすばらしい態度だとほめられ、「また飲もう」と誘われてしまいました。このとき、たとえ不快な思いをしても、敢(あ)えて目をつぶることで相手の面子も保たれ、関係がより密になることがあると学びました。

うまくいっているときは相手を立てて、「あなたのおかげでうまくいっている」と持ち上げ、うまくいかなかったら水に流す。こうして相手のミスを水に流してあげれば、そのことを覚えていた相手が、その後こちらが困ったときに助けてくれることもあるからです。

相手を信頼したり、期待する気持ちは8割くらいにとどめて、あと2割くらいはうまくいかない場合を想定し、あらかじめ対策をしておくことも大切です。例えば、締め切りを早めに設定したり、こちらで代替案を用意しておくのです。特に、会議の発表資料作成をお願いしたときなどは、放っておくと全然進んでいないことが多く、こちらで素材を提供したり、ゴーストライターのように代わりに資料を作成することもあるほど。そんなときも、相手の怠慢を追及したりせずに、さらっと流せるような心の準備をしておくことが、ここベトナムで仕事をする上では肝要です。そうすることが、結果として精神的にゆとりをもたらし、仕事の成果にもつながるのです。

「ブラザー」を得たことで仕事が円滑に

ベトナムのビジネスのもう一つの特徴が、社会が人脈で動くということ。「誰々と同じ出身地」「同じ学校出身」「軍隊で一緒だった」などという話をよく聞きます。どうもベトナムでは、進学、就職、昇進など、コネがあるとうまくいくという構造がまだまだ根強く残っているようなのです。逆にコネがないと、どんなに優秀でも希望がかなわないこともあるとか。まだ軍の影響力が強いこと、そして共産党支配のため、党員のステイタスが高いことなどから、地方出身者が就職しようというときは、先輩や親せき縁者を頼り、軍幹部の知り合いを引き合いに出したり党幹部とのつながりをアピールしたりするようです。

あるとき、私のカウンターパートと仲の良い課長さんと飲んでいたら、その人が同じフロアの若手職員の父親であることが判明したことがありました。それ以降は、息子さん経由でスムーズに仕事を頼むことができるようになったものです。勤務先のトップに話を通じさせたいときは、同じ出身地のカウンターパートに相談すると、すぐに携帯電話で直接話を入れてくれ、その後に文書処理をするという流れができます。今のベトナムの基礎を作ったホーチミン主席は、ベトナム中部のゲアン省というところの出身ですが、多くの大物政治家を輩出しているらしく、ここの出身だというだけでもちょっとしたステイタスになるようです。

あとは仕事以外の時間にどれだけ付き合うかで、距離もグッと近くなります。ベトナムでは昼からビール、ウォッカ、地酒がよく出てきますが、これも拒まず一緒に飲んで、おしゃべりをしているうちに本音が聞けるようになります。また夕方から「ビアホイ」と呼ばれる飲み屋に一緒に繰り出して、杯を重ねることでも“お仲間”になれます。

ベトナム人は親しい相手を「ブラザー」と呼び、そう呼ぶことで親密さを表しているのですが、お酒のおかげで私にもブラザーができました。赴任早々に呼ばれた大きな宴会で、カウンターパートからいろいろな人に紹介してもらったのですが、その中に私に見た目がよく似た人がいて、周りから「お前たちはブラザーだ」と言われたのです。そのときから、会えば「ブラザー」と呼び合っているのですが、ベトナム政府へのアプローチの仕方に悩んだ知人を紹介したときも、すぐに対応してくれて、2カ月で決着がつきました。ほかにも、何度か仕事で会っているうちに気が合う相手とは、飲み会の場でブラザー宣言をするようにしています。「ブラザー」は、年齢差を気にせず、打ち解けることができるマジックワードみたいなものですね。

また、お互いの言葉はわからなくても、カラオケで歌えばすぐに友達になれます。ベトナム語の曲はとても歌えませんが、ベトナム語でカバーされている日本の歌謡曲がいくつかあります。例えば、ちょっと古い歌ですが、中村雅俊の「恋人も濡れる街角」、テレサテンの「つぐない」、五輪真弓の「恋人よ」、千昌夫の「北国の春」などであれば、日本語で歌っても盛り上がります。日本では衰退してしまった感のある「飲ミュニケーション」ですが、ここでは今でも依然として円滑に仕事を進めるための一つのキーと言えるようです。

次回は、ベトナムの人々についてお話しします。

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ベトナムウォッカで乾杯。ベトナムのウォッカはもち米やうるち米から作られる。
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ハノイの中心にあるホアンキエム湖に浮かぶ「亀の塔」。伝説になっている大亀の剥製(はくせい)が飾られている。

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バイクの上でも寝ることができる器用なベトナムの人々。
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ベトナムには鳥を鑑賞する習慣が。路上でも販売中。
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バケツや箒(ほうき)、ブラシを売る行商人。天秤棒(てんびんぼう)を肩に担いだ行商が盛ん。

構成/日笠由紀

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