巨額の設備投資を避け、生産設備を持たない「ファブレス」を目指すメーカーが増加
半導体は、スマートフォンやコンピュータなどの情報機器、テレビなどの家電機器、自動車など、幅広い製品の制御に使われている。電子機器の性能を高め、付加価値性を上げるためには不可欠な存在だ。
米国の市場調査会社であるガートナーによると、2014年における世界の半導体市場売上額は、対前年比7.9パーセント増の3403億ドル。リーマン・ショック後、市場は一時的に低迷したが、その後はスマートフォン需要などに支えられて回復傾向だ。なお、ガートナーが発表している14年の売上額ランキングによれば、世界1位はインテル(米国)、2位はサムスン電子(韓国)、3位はクアルコム(米国)。一方、日本企業としては東芝が7位に、ルネサス エレクトロニクスが10位にランクインしている。1990年代から2000年ごろにかけてはNEC、日立製作所、三菱電機なども上位に入っており、日本の半導体メーカーが世界を席巻していた。しかし業界内で激しい争いが繰り広げられる中、近年、日本メーカーの相対的な存在感は低下している。
半導体業界は技術革新のスピードが速く、継続的な研究開発が求められている。また、半導体の製造には巨額の設備投資が欠かせない。こうした背景があるため、この市場には「シリコンサイクル」と呼ばれる景気の波が訪れる。これは、「好況期に大量の需要が発生し、各メーカーが設備投資を実施→供給力が過剰になる一方、景気が悪くなって需要が激減し、値崩れが起こる」という現象が、4年に1度程度のペースで起きることだ。つまり、積極的な投資が求められる半面、在庫リスクに悩まされる危険性も大きい業界だといえる。それゆえ、設備投資競争に対応できなくなった企業が事業売却・再編に踏み切るケースも少なくない。また、自社の事業から製造を切り離し、設計開発に注力する「ファブレス」(下記キーワード参照)と呼ばれる業態へと転換する企業もある。
一方で、最初からファブレス企業として事業を展開する企業も存在する。その代表格が、携帯電話・スマートフォンに用いられる半導体の設計開発を手がけるクアルコム。同社は製造工程を外注し、設備投資のリスクを最小限に抑えることで高い利益率を実現している。こうした業態であれば、設備投資が抑えられる分、ベンチャー企業にも活躍の場が存在するだろう。また、ファブレス企業とは逆に、各社からの製造の依頼を請け負うことによって事業拡大を図る「ファウンドリ」(キーワード参照)という業態も存在する。例えば、クアルコムなどのファブレス企業から製造を受託している台湾のTSMCはその一つだ。
各社がIoT(キーワード参照)市場を取り込もうとしている動きにも、注目しておきたい。今後はPCやスマートフォンだけではなく、幅広い機器がインターネットに接続されるようになるだろう。例えば、「帰宅時には快適な室温になっているよう、外出先からエアコンを操作する」「離れた場所から冷蔵庫や電気ポットなどの使用状況をチェックし、高齢者が病気をしていないか見守る」「自動車に内蔵されたセンサーで運転状況を把握し、いち早く部品交換を行ったり、自動車保険の料金設定に役立てたりする」「家庭の電気・ガスメーターをネットに接続し、効率の良いエネルギー利用を可能にする」といった取り組みが進むはずだ。そうすれば、半導体が使われる範囲もさらに広がると期待されている。
半導体業界志望者が知っておきたいキーワード
Internet of Thingsの略で、「アイオーティー」と読む。「モノのインターネット」と訳されることもある。PCやスマートフォンなどはもちろん、生活家電や自動車など従来はインターネットと縁遠いと考えられた機器に通信機能を持たせることで、遠くから監視・操作できるようにする技術を指す。
ファブ(fab)とはfabrication facility、つまり工場のこと。ファブがない(=less)、つまり、生産機能を持たない製造企業をファブレスと呼ぶ。半導体の設計だけを行い、製造はファウンドリに外注することで、巨額の設備投資を負うリスクを避けることができる。
半導体を実際に製造する企業のこと。ファブ(fab)と呼ばれることもある。半導体の製造には「クリーンルーム」などの設備が必要だが、技術の進歩とともにこうした設備の建設コストは右肩上がりの傾向。各メーカーが独自の設備を建設するのは難しくなっており、世界規模で、ファウンドリへの生産委託・集約が進んでいる。
空気中のホコリなどを最小限に抑えた施設のこと。半導体の表面にはとても細かな回路がレイアウトされており、小さなホコリがついただけで不良が発生するため、クリーンルームが不可欠なのだ。近年は、技術革新によって回路の線幅はさらに細かくなっており、クリーンルームに求められる水準も高くなる一方。当然、建設コストも上がっている。
パソコンなどに用いられている記憶装置。かつては、電源を切ってもデータは消えないが、データを書き換えられないROM(Read Only Memory)と、データの書き換えが可能だが、電源を切るとデータが消えてしまうRAM(Random Access Memory)というメモリが一般的であった。しかし、フラッシュメモリはその両方の特長を持ち、書き換え可能で、かつ、電源を切ってもデータが保持される。
インテルの創業者の一人であるゴードン・ムーア氏が提唱した法則で、半導体の集積密度は、1年半から2年で2倍になるというもの。あくまで経験則に基づいたものだが、半導体業界は長年このペースで、集積密度や性能の向上を実現してきている。
このニュースだけは要チェック <業界再編、事業売却の動きが頻発>
・富士通グループとパナソニックのシステムLSI(さまざまな機能を1つのチップで実現した集積回路)事業を統合した新会社「ソシオネクスト」が、事業を開始。政府系金融機関の日本政策投資銀行の出資も受けながら、ファブレスメーカーとして再スタートを図る。(2015年3月1日)
・ヤマハが、スマートフォン向け半導体を生産していた鹿児島の子会社「ヤマハ鹿児島セミコンダクタ」を売却すると正式決定。自社生産を取りやめ、海外メーカーに製造を委託する方針に切り替える。こちらも、ファブレスメーカーへの脱皮を図る動きの一例だ。(2015年3月27日)
この業界とも深いつながりが<スマートフォン向けの需要はさらに拡大する傾向>
携帯電話メーカー
スマートフォンの好調な売れ行きが、半導体の需要を力強く支えている
自動車メーカー
自動ブレーキや、電気自動車のモーターなどに多数の半導体が使われている
生活家電
ネットに接続される家電製品が増えれば、半導体の需要拡大にも結びつく
この業界の指南役
日本総合研究所 主任研究員 吉田賢哉氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。専門は、新規事業戦略やマーケティング戦略、企業のビジョンづくり・組織戦略など。製造・情報通信分野などの業界動向調査や商品需要予測も手がける。
取材・文/白谷輝英 イラスト/坂谷はるか