スマホやタブレットに押され売れ行きが鈍化。業界再編と、新コンセプト機種の開発に注目
アメリカの調査会社ガートナーによれば、2015年における世界のパソコン出荷台数は2億8874万台で、前年(3億1368万台)に比べ8パーセント減。一方、IT調査会社IDCの日本法人によると、15年の国内パソコン出荷台数は1055万台で、前年より31.4パーセントも落ちこんだ。スマートフォンやタブレット端末に押され、世界でも日本でもパソコンの売れ行きは鈍い。加えて、パソコンの処理速度などは頭打ちになっており、買い替え需要が起きにくくなっている。
国内シェアに限れば、首位はNECレノボグループ(27パーセント)、2位は富士通(17パーセント)、3位は東芝(12パーセント)と国内系企業が健闘している。ただし、日本市場は世界市場のわずか3パーセントに過ぎず、国内メーカーの存在感は世界的に見ると小さい。世界市場は、香港のレノボグループ(15年の世界シェア20パーセント)、米HP(同18パーセント)、米デル(同14パーセント)の3社で過半数のシェアを占めており、国内各社は上位ベスト6にも入れていない。
パソコンメーカーにとっては、販売台数の落ち込みだけではなく、価格の下落も悩みの種だ。海外の大手メーカーは大量生産によって1台当たりのコストを下げ、価格競争を挑んできている。さらに、水平分業(キーワード参照)によってパソコンメーカーは「他社製の部品やソフトウエアを組み合わせるだけの役割」となり、競合との差別化を図りづらくなった。その結果、単価が落ちこんで利益は小さくなる一方。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)によると、07年度に12万円台だったパソコン1台当たりの価格は、15年には8万円台後半にまで下落している。
もう一つ指摘されているのがEMS(キーワード参照)と呼ばれる業態の台頭だ。国際的に水平分業が進む中、パソコンメーカーは業務効率化のため、マザーボード(CPUやメモリーなどの部品を装着する基板のこと)などの製造を新興国のEMSに委託するようになった。こうした中、台湾のAsusやAcerといったEMSが技術を蓄積し、やがて自社ブランドのパソコンを製造するようになっている。両社は世界市場で3強に次ぐ地位を占めており、国内メーカーにとっては強力なライバルだ。
現在の国内パソコン市場は、縮小しつつある市場を、国内メーカーと海外の大手企業とで奪い合う構図になっている。こうした中、15年12月には富士通、東芝、VAIO(ソニーが14年、パソコン事業を日本産業パートナーズに売却することで設立された企業)の3社が合併を目指す動きがあった(ニュース記事参照)。しかし、統合は不成立に終わり、各社はパソコン事業の売却、海外メーカーを含めた他社との経営統合などを迫られている。今後も国内市場の拡大は見込めず、海外市場でのシェア拡大でも苦しい戦いが続きそうだ。
新タイプのパソコンが登場しているのは、数少ない明るい話題。「スティック型PC」(キーワード参照)や、性能が高くゲームを楽しむことに特化した「ゲーミングPC」、キーボードの中にパソコン本体を入れた「キーボードPC」などが、その代表格だ。また、富士通は、本体機能が入ったスタンドと、ディスプレーを無線技術で結んだパソコンを発売。タブレット端末のように使うことも、普通のパソコンのように使うこともできる新コンセプトを打ち出して注目された。VAIOも「手書き機能」が充実した持ち運びに便利なパソコンを開発している。今後は、スマートフォンやタブレット端末にはない魅力を提案できることが、生き残りを左右する重要な要素になりそうだ。
パソコンメーカー業界志望者が知っておきたいキーワード
水平分業
企画・開発・製造などの各段階を、外部企業に委託すること。不得意な分野を外注することで、付加価値を高められる分野に集中できる。一方、自社の技術やノウハウが外部に流出しやすいリスクもはらんでいる。
EMS
Electronics Manufacturing Serviceの略。電子機器の製造請負を専業とする企業のこと。単なる下請けとは異なり、複数の企業から業務を引き受けることで稼働率を上げ、製造ノウハウを蓄積する。なお、電子機器に限らず、相手先のブランドで製造だけでなく設計・デザインまで請け負う形態をODM(Original Design Manufacturer)、製造のみを請け負う形態をOEM(Original E quipment Manufacturer)と呼ぶ。
スティック型PC
USBメモリーを一回り大きくした程度の本体に、CPUやメモリーなどを入れた超小型パソコンのこと。ディスプレーやテレビのHDMI端子に直接差し込むと、パソコンとして動作する。非常にコンパクトで携帯に便利だが、性能はさほど高くないため用途は限られる。
このニュースだけは要チェック <業界再編に関わる動きに注目したい>
・東芝、富士通、VAIOの3社が水面下で進めていたとされるパソコン事業の統合が、白紙に戻ったと報道された。しかし、各社が単独でパソコン事業を維持するかどうか、不透明な部分は多い。今後、他社への事業売却や経営統合などが再び模索される可能性も十分考えられるだろう。(2016年4月15日)
・台湾Acerの日本法人である日本エイサーが、ゲーミングPCの新ブランド「Predator」の展開を開始。高い負荷がかかるゲームも、快適に遊べるだけの性能を備えているのが特徴。国内メーカーにはゲーミングPCと銘打った製品はないが、今後はこの分野に乗り出す動きがあるかもしれない。(2016年3月11日)
この業界とも深いつながりが <電子部品の改善はパソコンの性能アップに直結>
携帯電話メーカー
スマートフォンの高性能化が、パソコンの売れ行き減少の一因となっている
電子部品メーカー
パソコンの性能を高めるため、省電力・小型・高性能な電子部品が求められている
デジタル家電
テレビに接続して使えるスティック型PCが登場するなど、デジタル家電との境界が曖昧に
この業界の指南役
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門未来デザイン・ラボ コンサルタント
橘田尚明氏
東京大学大学院技術経営戦略学専攻修士課程修了。中長期経営計画策定支援、新規事業テーマ構築支援、未来洞察などのコンサルティングを中心に活動。米国公認会計士。
取材・文/白谷輝英 イラスト/千野工一