井田寛子さん(気象キャスター)の「仕事とは?」|後編

いだひろこ・1978年、埼玉県生まれ。2001年、筑波大学第一学群自然学類化学科卒業。製薬会社勤務を経て、02年、日本放送協会(NHK)静岡局入局。キャスター・リポーターとして活動しながら、06年、気象予報士資格取得。08年より大阪局でレポーター兼気象予報士として勤務。11年、東京へ異動し、NHK『ニュースウオッチ9』の気象情報を担当。16年よりTBS『あさチャン!』気象予報士を担当。

オフィシャルブログ http://ameblo.jp/hiroko-ida/

前編では、製薬会社のMRから気象キャスターになるまでの経緯をうかがいました。

後編では、気象キャスターの仕事で大切にしていることや、今後の展望をお話しいただきます。

いざというときに力を発揮するには、事前の準備が欠かせない

-気象キャスターとして大切にしていることは?

気象キャスターとしての私の使命は、いざというときに自然災害から人を守ることだと思っています。この仕事に就いた時からその思いは持っていましたが、東日本大震災以降はよりリアルに意識をするようになりました。東日本大震災が起きたのは、ちょうど大阪から東京に異動が決まり、翌月からNHK『ニュースウオッチ9』の気象キャスターを担当するという時期。私が番組で初めて伝えたのも被災地の気象情報でした。当然ながら、災害が起きた後は視聴者の方々の気象情報に対する見方もシビアになります。自分の言葉が皆さんに与える影響の大きさをひしひしと感じ、以前にも増して緊張感を持って仕事に取り組むようになりました。

気象情報を皆さんにお伝えする上で、何よりも大事なのは正確さ。数字などのデータを間違えないだけでなく、老若男女、どんな人にもきちんと伝わるよう、言葉も慎重に選びます。例えば、「よい天気」「悪い天気」といった主観的な表現は避けるようにしていますね。もうひとつ、臨機応変な対応も大事です。テレビの仕事では台風などの自然災害が起きたときに臨時放送を行うこともありますし、生放送は急に持ち時間が変更になることも。与えられた時間に応じて必要な情報を皆さんにお伝えできるよう、お天気の勉強を欠かさないのはもちろん、日ごろから物事に優先順位をつけて行動したり、普段の生活でも言葉や言い回しにアンテナを張るようにしています。

-台風の報道では、局内も緊張した雰囲気になるそうですね。

対応する人数も増えますし、罵声が飛び交うこともあります。気象状況が刻一刻と変わりますから、いつ臨時の放送が必要になるかも読めません。ものすごく緊張する状況が長時間続きますので、集中力がいつもの2、3割になってしまうこともあります。そこで力を発揮するには、事前の準備が欠かせません。ただ、それは臨時放送に限らず、通常の放送でも同じです。

天気を伝えるというのは、伝える人と見る人との信頼関係で成り立っていて、視聴者の方々に「この人が発信する情報なら安心だ」と思っていただくことがすごく大事なんですね。では、その信頼関係がどうやってできるかと言えば、日常の姿を見ていただいているから。日々の取り組みというのはすごく大事だと思います。今はスマホのアプリやインターネットでも気象情報を簡単に知ることができる時代ですが、伝える人の顔が見えるのはテレビの気象情報ならでは。皆さんに安心して見ていただける報道をしていきたいです。

「一歩踏み出してみたいな」という気持ちを持ち続けたい

-今後やってみたいことはありますか?

天気というのは日本だけで語れるものではなく、地球全体とつながっています。これからは気候変動や温暖化といった世界の気象にまつわる話も皆さんにわかりやすくお伝えできるようなことができないかなと漠然と考えています。そう思うようになったのは、2年ほど前にニューヨークに出張し、世界中から集まった気象予報士さんとお話しする機会があったことがきっかけです。その時に、日本の気象予報士の環境はとても恵まれていると感じたんですね。予報のためのシステムが整備されているし、データの精度も高い。また、災害は少なくないけれど、被災後の復旧がものすごく早いです。でも、世界には厳しい気象環境にさらされながら、十分なデータを手に入れにくい国もたくさんある。そんな中、自国の人たちを救いたいと思って気象に携わっている人たちの姿を見て、自分にも何か役立てることはないかと考えるようになりました。もちろん、毎日の気象予報にきちんと取り組むというのは基本ですが、せっかく気象の仕事に携わっているのだから、枠は設けずに活動の幅を広げていきたい。「一歩踏み出してみたいな」という気持ちは、いつまでも持ち続けていたいなと思っています。

学生へのメッセージ

気象キャスターになるには番組ごとにオーディションが行われます。オーディションの回数を重ねて感じたのは、オーディションというのはコミュニケーションの場だということ。自分の意思をきちんと伝えるのは大事ですが、仕事というのは人と人がやるもの。結局は、「この人と一緒に仕事をしたい」と思ってもらえるかどうかで合否が決まります。就職活動も同じで、面接は自分の意思を伝える場ではありますが、同時に相手のことを知る場でもあります。綿密な準備をして面接に臨んでも、自己アピールだけに意識が向いて相手の話をきちんと聞けなければ、好印象を与えることは難しいでしょう。当たり前のことですが、面接担当者は「人」です。人と人との関係を大事にして、目の前の人の話に耳を傾けるようにすると、「ああ、この人ともう少ししゃべってみたいな」と感じてもらいやすくなると思いますよ。

井田さんにとって仕事とは?

−その1 視聴者との信頼関係がすべて。「あの人なら安心」と思われる仕事がしたい

−その2 物事が思い通りにいかないとき、いかに気持ちを切り替えるかが大事

−その3 チャンスが来たときに逃さないよう、準備を怠らない

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INFORMATION

『井田寛子の気象キャスターになりたい人へ伝えたいこと』(成山堂/1600円+税)。気象予報士になるための勉強術だけでなく、資格取得後にプロとして仕事をしていくために必要なことや、目標をかなえるまでの紆余(うよ)曲折についても語られており、一般企業への就職を考える人にも役立つ。

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編集後記

子どものころからの「理系女子」で、学生時代は筑波大学で化学を専攻し、「宇宙化学研究室」に所属していたという井田さん。4年生の1年間は卒業研究のために研究室にこもり、同級生と寝食を共にすることも多かったそうです。「大学の仲間との絆は強いです。『この分野で研究したい』『こんなことをやりたい』と明確な意思を持った人が全国から集まってきている大学だったので、『私も自分の道を見つけなければ』と刺激を受けました。卒業後も折に触れて集まり、悩んだ時に助けてもらったことも何度もあります。学生時代の友人関係というのは本当に貴重なもの。大事にして欲しいと思います」と読者に向けて話してくださいました。(編集担当I)

取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康

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