国内市場の縮小を見越し、各社は海外進出を強化。独自の保険商品を開発する動きも盛んだ
生命保険業界では、かんぽ生命保険、日本生命保険、第一生命保険、明治安田生命保険、住友生命保険などが大手として挙げられる。一方で、規制緩和による販売チャネルの多様化に伴い、近年は外資系のメットライフ生命保険、アフラック、プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命保険、異業種から参入したソニー生命保険などもシェアを拡大している。一般社団法人生命保険協会によれば、2015年度における同協会加入41社の総保険料収入は37兆7481億円。前年度(37兆2223億円)に比べ1.4パーセント増となり、過去最高となった。
堅調な生命保険業界だが、日本では人口が減少傾向にあるため、国内市場は縮小が懸念されている。そこで各社は海外事業を強化中だ。例えば、日本生命保険は2016年10月、オーストラリアの大手銀行ナショナルオーストラリア銀行傘下の生命保険会社であるMLCライフ・インシュアランスを子会社化。日本生命保険が蓄積したノウハウを提供することで、生命保険市場の成長が著しいオーストラリアでの存在感を高めたい意向だ。また、太陽生命保険はミャンマーで、医療、福祉、教育などに関する支援を実施。同国と良好な関係を築いたことが寄与して、2016年10月、国営保険会社のミャンマー保険公社と「健全なミャンマー生命保険産業を発展させるための協働に関する覚書」を締結した。今後、太陽生命保険はミャンマーでの事業拡大が期待できそうだ。このような、海外成長市場での買収や提携、長期的な視点での新興国への先行投資といった活動は、今後も活発に行われるだろう。
独自の保険商品を開発して顧客を取り込もうとする動きも目立つ。例えば、大同生命保険は、ロボットスーツ(下記キーワード参照)の「HAL」を開発するサイバーダイン社と提携。「医療用HAL」による治療を受けた際に100万円の一時金が発生する医療保険を、2017年7月から販売開始した。また、東京海上日動あんしん生命保険は、一日平均8000歩を2年間続けた場合に保険料の一部を還付する医療保険を開発(下記ニュース参照)。今後は、血糖値や血圧の数値も保険料に反映させることを検討しており、健康データによって保険料を決める試みとして注目されている。
遺伝情報に関わる動きにも触れておこう。2016年4月、明治安田生命保険が遺伝情報を保険サービスに活用する方向で検討を始めたと報道された。当面は、遺伝子解析技術の確立や、新サービスの検討に主眼が置かれるという。こうした技術・サービスが確立されると、病気の発症しやすさを予測し、保険加入者に健康改善の提案を行うことなどが考えられる。一方で、個人の病気の発症リスクが予測できるようになり、人によって保険料の金額が変わったり、場合によっては加入を拒否されたりする可能性も出てくるだろう。ここで問題となるのが「遺伝情報に基づく差別」である。遺伝子に基づく情報は究極の個人情報であり、それによって保険商品の内容を変えることは「不当な差別」になり得るという意見も出ているのだ(下記キーワード参照)。
また、遺伝情報によって病気の発症リスクが詳細に予測できるようになると、保険制度そのものに大きな影響を及ぼす可能性も考えられる。例えば、病気になる危険性が小さい人は、わざわざ保険に入ろうとは思わなくなるだろう。反対に、リスクの大きな人だけが保険に加入すると、保険金の支払いは増えてしまう。すると、保険制度が成立しなくなり、業界の存在意義が問われる危険性もあるのだ。これらの点をふまえ、今後の「生命保険業界×遺伝情報」の動きにはぜひ注目してもらいたい。
生命保険業界志望者が知っておきたいキーワード
販売チャネルの多様化
従来の生命保険会社では、販売チャネルの主力は女性を中心とした営業職員であった。しかし、保険業法の改正などで規制緩和が進み、近年はインターネット、銀行窓口、代理店など保険商品の販売チャネルが多様化。結果として、店舗網を持たなかった外資系企業や異業種からの参入障壁が下がり、従来型の生命保険会社のシェアを奪っている。
ロボットスーツ
人体に装着することで、「持ち上げる」「運ぶ」といった動きをサポートする器具。「パワードスーツ」と呼ばれることもある。代表的なものに、サイバーダイン社の「HAL」や、イノフィス社の「マッスルスーツ」がある。医療・介護の領域以外にも、農業・建設・軍事などで活用され始めている。
「生命保険×遺伝情報」に関連する動き
アメリカでは2008年に、「遺伝情報差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act:GINA)」が成立。遺伝情報に基づく保険への加入制限や、保険料の調整を禁止している。また、イギリスでは政府と英国保険業協会との協定により、保険事業者が個人の遺伝情報を利用することを原則禁止している。一方、現在の日本では、遺伝情報の利用に関する法律・制度が整備されていないため、今後の動きに注目しておきたい。
このニュースだけは要チェック<ユニークな保険商品が登場>
・東京海上日動あんしん生命保険が、2年間にわたって1日平均8000歩以上歩いた人に対して保険料をキャッシュバックする医療保険を開発したと発表。ウェアラブル端末で歩数を計測し、スマートフォンのアプリにデータが残る仕組みだ。こうして健康に関するデータを蓄積することで、保険商品の開発に生かすのが狙いとみられる。(2017年4月4日)
・第一生命保険が日立製作所と共同で、医療ビッグデータを保険商品の開発に役立てるための研究を始めたと発表した。第一生命保険が持つ健康診断結果などの情報と、日立製作所の人工知能技術などを組み合わせることで、これまで保険に加入できなかった層に向けた保険商品や、病気予防・健康増進などに関わる新サービスの開発などを目指す。(2016年9月6日)
この業界とも深いつながりが<ITを活用した新商品づくりが加速>
IT(情報システム系)
新サービスの開発などに最新技術を活用。ネットサービスの拡充でも協力が進む
メガバンク
銀行窓口で販売される生命保険が増加。販売チャネルとしての重要性が増している
介護サービス
生命保険会社が、保険契約者に介護サービスを提供・紹介する動きも表れている
この業界の指南役
日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 未来デザイン・ラボ コンサルタント
小林幹基氏
京都大学大学院情報学研究科修士課程修了。大手電機メーカー、ニューヨーク大学客員研究員を経て現職。専門は、海外進出戦略、事業戦略、未来洞察による新規事業開発。
取材・文/白谷輝英 イラスト/千野エー