布施英利

ふせひでと・1960年群馬県生まれ。84年、東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。89年、同大学院博士課程(美術解剖学専攻)修了。学術博士。大学院在学中の88年、最初の著書『脳の中の美術館』を出版。大学院卒業後は東京大学医学部助手(文部教官)として養老孟司教授の下で人体解剖学を研究。95年、批評家として独立。科学と芸術の交差する「美術解剖学」をベースに絵画、漫画、文学など幅広いテーマに取り組んでいる。著書は40冊を超え、近著に『美術的に正しい 仏像の見方』『パリの美術館で美を学ぶ』『子どもに伝える美術解剖学』など。

美術解剖学の研究を始めた当初は、経営が傾きかけた企業に就職したような感覚だった

美術解剖学というのは、絵を描いたり、モノを作るために必要な人体の構造や仕組みを探究する学問です。例えば、モデルをデッサンするにしても外形をなぞったり、陰影をつけるだけでは生きた表現にはなりにくいものです。皮膚の下がどうなっているかを知ることで、モデルをより深く見ることができ、表現が変わります。

 

美術と言うと難しく感じる人もいるかもしれませんが、解剖学の知識があれば、漫画やアニメもより楽しめます。例えば、最近、僕は人気コミック『進撃の巨人』を題材にした本を書きました。通常ならあり得ない体を持った巨人のインパクトや世界観の面白さがこの作品の魅力であることは多くの人が語っているところですが、僕がひきつけられたのは絵そのもの、もっと言えば、筋肉と骨格の描き方です。

 

『進撃の巨人』は現在16巻まで出ていますが、1巻から絵を見比べていくと、連載が進むにつれ作者の諫山創(いさやま はじめ)さんの人体描写の腕が明らかに上がっているように見えます。『進撃の巨人』には筋肉むき出しのキャラクターが登場し、諫山さんは筋肉や骨格を数え切れないほどたくさん描いています。その結果、人体の構造を把握した描写ができるようになり、巨人はもちろん、ごく普通の人物を描く際にも表現に深みが出たと考えられます。美術解剖学を学ぶ面白さは、その深みをつぶさに感じられるところにあるのです。

 

僕が美術解剖学に出合ったのは大学に入学してしばらくたったころ。もともとはモノを書いて生きていきたいと思っていて、その対象として美術を学ぼうと東京藝術大学に進んだのですが、大学の美学・美術史の授業には違和感を抱きました。例えば、一体の仏像を見た時に心で感じるものがありますよね。その感動みたいなものに迫る方法を勉強したかったのに、大学では歴史から美術を捉える研究が中心で、僕自身がやりたいこととはギャップがありました。そこで、歴史とは違う、もっと科学的な観点から美術に迫る方法はないかと探したところ、大学院に美術解剖学という学問があることを知ったのです。

 

以後30年あまり美術解剖学の研究をしていますが、学生のころはこんなに長く研究を続けられるとは思っていませんでした。美術解剖学は東京藝術大学の前身である東京美術学校創立時(1887年)から講義が行われていた歴史ある学問ですが、僕の学生時代は研究者も少なく、将来性がないと言われていたのです。大学院で美術解剖学の研究室に入った時は、経営が傾きかけた企業に就職をしたような感覚でした。

 

ところが、模型で美術解剖学の研究をするうちに実際の人体を見たくなり、書いたばかりの修士論文を携えて東京大学医学部で解剖学を研究する養老孟司先生を訪ねたことが転機となりました。「美術解剖学の研究をしているんです」と自己紹介し、ものの5分も話さないうちに、養老先生が突然「君、一緒に本を書かないか」とおっしゃったんです。驚きましたが、養老先生と本を出せるなんて願ってもない話です。資料をいくつか与えられて「アイデアを出してみて」と言われ、必死に考えて本になったのが養老先生との共著『解剖の時間』でした。

 

一冊本を出すと名刺代わりになり、翌年には初の単著書『脳の中の美術館』を出版。28歳でした。以来、1年に1、2冊のペースで40冊以上の本を書いてきました。美術評論のほかにエッセイ、小説とジャンルはさまざまですが、自分が書きたいものを書いて、世の中に受け入れてもらえたというのは本当にありがたいことだと思っています。

 

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個性や自分らしさをことさらに追い求める必要はない

自分の書きたいことだけを書いてきたと言っても、自分で見つけた題材だけを書いてきたわけではありません。実は、『進撃の巨人』について書いたきっかけも出版社の編集者からの依頼でした。息子が愛読していて作品のことは知っていましたが、依頼がなければ、読むことはなかったかもしれません。ところが、読んでみると、美術解剖学を研究する者としては語らずにはいられない魅力がいっぱいで、「この漫画の筋肉について美術的側面から語るのは僕しかいないな」と思いました。人からの提案を受け入れることで自分の世界が広がることも多いもの。自分のやりたいことと依頼されたことを5割ずつくらいでやるのが、僕にとっては健康的かなと考えています。

 

仕事をする上では個性や自分らしさがあった方がいいとよく言われますが、それは難しく考えなくてもいいのではないでしょうか。特別なことをしなくても、キャラクターというのはそう簡単にほかの人とかぶらないもの。同じことに取り組んでいても、人によって視点や捉え方はさまざまなので、本当に自分のやりたいことを突き詰めれば、自然とその人にしかできないことにたどり着くはずです。

 

どんな分野であれ、これはという仕事を成し遂げるのはトレーニングを重ねて絶対的な技術を身につけた人だと思います。ずいぶん前に、芸術家のアンディ・ウォーホルを取り上げたドキュメンタリー番組を見て驚いたことがあります。ウォーホルと言えば、作品は人が撮った写真をコラージュしていて本人の絵がうまいんだか下手なのかわからない。ともかく目立つことで作品が世に出た印象があります。ところが、彼の大学時代の同級生によると、ウォーホルは大学では目立たない存在で、デッサン力だけが抜きん出ていたそうです。デッサン力というのは小手先の技術を覚えて身につくものではありません。繰り返し素描を続け、モチーフの表層ではなくその奥にあるものを見ようと挑み続けた人だけに備わる力です。

 

文章も素描と同じで、題材に対して本気で向かい合っていると、題材を見る自分の目が変わる瞬間があります。『進撃の巨人』について本を書いていたときも、漫画を繰り返し読んで研究するうちにその世界に入り込んで、ある時、窓の向こうに巨人が見えたんですよ。2メートルくらいの巨人の頭がふとそこにある気がした。つまり、漫画の中で小さなスペースに描かれている巨人を自分の身の回りにある現実の空間でリアルに捉えられるようになったということです。その時に、「ああ、これで本が書けるな」と思いました。文章を書くときに物事をひとごとのように論じても、何も伝わらない。自分の血となり、肉となった言葉を使おうと、本を書くたびに体当たりで挑んできました。その1回、1回がトレーニングになり、今では文章を書くときに言葉が自分と一体化して出てくる感覚があります。

 

よく自分で言うんですけど、僕のキャリアはそんなに華々しいものではなく、「低空飛行」です。ただひとつ誇れるのは、一度も落ちたことがありません。将来が危ぶまれるような道を選びながら、落ちずにいるのは、基本的にやりたいことをやってきたから。世の中に評価されるために、本を売るためにと考えて自分にうそをついていたら、2、3冊も書けば行き詰まっていたでしょう。常に書きたいこと、本当のことだけを書いていたから、自分でも自分自身に飽きなかったし、出版社も仕事を依頼し続けてくれたのだと思います。やりたいことを思いっ切りやれば、意外と生きていけるものですよ。

 

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INFORMATION

「巨人」の異様かつ圧倒的な造形が多くの読者をひきつけている大ヒットコミック『進撃の巨人』。作品の魅力の根源とは何か? 作中で謎に包まれたままの巨人とは何か? このふたつの大きな問いに布施さんが美術解剖学の知見をもって切り込んだ『「進撃の巨人」と解剖学 その筋肉はいかに描かれたか』(学研教育出版/税抜き1300円)。漫画や美術をより楽しく見るための視点を与えてくれる一冊だ。

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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