伊藤美樹が20代で宇宙ゴミ清掃会社「アストロスケール」の社長になった理由|前編

いとうみき・1982年、千葉県生まれ。日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合にて内閣府最先端研究開発支援プログラムである超小型衛星「ほどよし」の開発プロジェクトに携わり、「ほどよし3号」「ほどよし4号」の開発に従事する。外国人留学生への人工衛星製造の指導や開発サポート業務を経て、2015年4月よりアストロスケールに所属。同時に、日本法人の代表取締役社長に就任した。

「ムリだ」と言われることだからこそ、挑戦したい

-「アストロスケール」は世界で類を見ない宇宙ゴミ(スペースデブリ)の清掃を手がける企業として注目されています。宇宙ゴミとはどのようなものなのですか?

宇宙ゴミとは、運用を停止した人工衛星や衛星打ち上げに使用されたロケット、衛星同士が衝突して生じた破片などで、バスの車体ほどのものからチリのようなものまで重さや大きさはさまざまです。1950年代までは宇宙ゴミはありませんでした。ところが、人類の宇宙での活動が活発になるにつれて増え、10センチ以上のゴミは約2万3000個、1センチ以上10センチ以下未満は約50万個、1センチ以下未満の観測できないものは億単位で存在していると言われています。

宇宙ゴミの飛ぶ速さは、秒速約8キロ。ピストルの弾丸の約16倍もの速さで飛んでいるため、わずか数センチの大きさのものであっても、人工衛星や国際宇宙ステーションに大きなダメージを与えます。その危険性は、高速道路を思い浮かべていただくとわかりやすいかもしれません。高速道路で車が故障したら、レッカー車で撤去しますよね。ところが、宇宙空間には道路のようなルールや法律がないため、故障車が撤去されずに制御不能で走り回っているような状態なんです。

宇宙空間は広大なので、これまでは日常生活に影響を与えるほどの衝突は起きていませんが、民間企業による宇宙ビジネスが活発化しており、今後は宇宙が渋滞の高速道路のような事故の起きやすい状態になります。その時に懸念されるのが、ケスラー・シンドロームという現象。宇宙ゴミの衝突が起きて新たなゴミが撒き散らされ、その分布密度が限界値を超えると、同じ軌道上にあるあらゆるものを破壊し尽くすまで宇宙ゴミの増殖が止まらなくなってしまうのです。ケスラー・シンドロームによって衛星が大々的に破壊されれば、気象予報やGPS、インターネットといった機能が利用できなくなり、私たちの日常生活に支障をきたしかねません。

-緊急性の高い問題ですね。どうすればゴミを除去できるのですか?

宇宙ゴミの問題は国家間の利害が対立して各国政府の取り組みが進んでおらず、除去方法が確立されていません。そんな中、当社では母機を宇宙ゴミに接近させ、特殊な機構で捕獲し、母機が宇宙ゴミを捕獲したまま、 大気圏に落とす仕組みの衛星開発を進めてきました。この「除去用衛星」は2019年に宇宙空間で実証を行う計画になっています。

宇宙関連の事業は莫大なコストがかかるのに、「宇宙ゴミの清掃」という前例のない事業で、その方法も実証されるのはこれから。私たちは「成功する」と信じて日々開発に取り組んでいますが、「ムリだよ」と人から言われることもあります。だけど、「ムリ」だと言われることだからこそ、挑戦したい。結果が見えていることをやるよりも、夢があるじゃないですか。

映画に登場する宇宙船の美しさに魅せられて、宇宙工学の世界へ

-衛星の開発は日本法人を拠点に進められており、伊藤さんも社長兼エンジニアとして開発に取り組んでいらっしゃいます。宇宙関係の仕事に興味を持ったのはいつごろからですか?

子どものころは絵を描くのが好きで、理系科目は苦手。ファッションデザイナーかイラストレーターになりたいと思ったんです。宇宙に関心を持ったのは、中学時代に映画『インデペンデンス・デイ』を見たのが始まり。ラストシーンに登場する宇宙船の流線型のフォルムがきれいで、目がくぎづけになってしまって。宇宙への憧れというより宇宙船の構造美に魅せられて、大学で宇宙工学を学ぼうと決めました。周りに宇宙に関心を持っている人がいなかったので、「ならば、自分がやってみよう」という気持ちもありましたね。

先を案ずるよりも、出合ったチャンスにチャレンジする

―「アストロスケール」との出合いは?

大学院修了後、次世代宇宙システム技術研究組合で、地球観測を目的とした超小型衛星「ほどよし」の開発プロジェクトに参加したのがきっかけでした。アストロスケールの創業者は現・CEOの岡田光信。岡田は宇宙の専門家ではなく、かつてはITベンチャー企業の経営者として世界を飛び回っていました。その時に個人的な興味から参加した学会で宇宙ゴミの問題を知り、除去の取り組みが進んでないことに危機感を感じて一念発起。衛星を使った除去法を着想してシンガポールで当社を設立しましたが、技術面での足がかりを模索していました。

そんな時に、私が開発に携わった「ほどよし3号」「ほどよし4号」がロシアで打ち上げに成功(14年6月)。そのニュースを見た岡田がプロジェクトにかかわった教授にコンタクトを取り、「ほどよし」を基礎に宇宙ゴミの除去衛星を製作することを決定したんです。そこで、岡田から「ほどよし」の開発スタッフに声がかかり、エンジニアとして入社するつもりで面談を受けたところ、採用決定のお電話で「社長をやりませんか?」と打診されました。

―いきなりの抜てきだったのですね。

驚きました。のちに岡田から聞いたところによると、「ほどよし」開発における私の姿勢を「しなやかで粘り強く解決策を見つける能力がある」と評価してくれたようです。また、日本の宇宙開発のエンジニアは高齢化の傾向があり、男女比も偏っています。従来にはない人材がリーダーとなり、「宇宙ゴミの掃除」というユニークなミッションを成し遂げることにより、宇宙業界全体を活気づけたいという思いもあったそうです。

―社長就任にあたって、不安はありませんでしたか?

正直、不安がなかったと言えばうそになります。自分が社長業をやるなんて考えたこともなかったですから。ただ、めったにないチャンスですから、「やってみたい」という思いの方が強かったですね。そもそも私は、キャリアというのは先が見えなくて当たり前だと考えているところがあるんです。短期的な目標は持った方がいいと思いますが、その通りに物事が運ぶとは限らない。ましてや、10年、20年先のビジョンなんて描けない。先を案ずるよりも、出合ったチャンスにどんどんチャレンジしてみて自分の可能性を広げ、やりたいことをやり続けるという生き方がしたいと思っています。

そんなふうに考えるようになったのは、家庭の事情で現役生より4年遅れて大学に入学するという経験をした影響かもしれません。浪人中はコンビニエンスストアや飲食店でアルバイトをしながら受験勉強しました。途中でアルバイトの方が楽しくなり、完全なるフリーターだった時期も(笑)。おかげで、レールから外れることを怖がらず、「人と違っても、別にいいんじゃないかな」と思うところが私にはあります。4年のブランクがハンディになって就職活動もうまくいかなかったのですが、見かねた研究室の教授が「ほどよし」の開発プロジェクトを紹介してくれ、参加することに。その縁で「アストロスケール」に出合ったわけですから、人生というのはどうなるかわかりません。本当に面白いですよね。

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後編ではキャリアの壁に対する考え方や演技に対する姿勢についてお話しいただきます。

→次回へ続く

(後編 4月12日更新予定)

INFORMATION

「アストロスケール」CEO・岡田光信さんによるエッセー『宇宙掃除』。漫画『宇宙兄弟』公式サイト(https://koyamachuya.com/)で不定期連載されており、会社設立までの経緯や宇宙への思いがつづられている。岡田さんによる電子書籍『宇宙起業家 軌道上に溢(あふ)れるビジネスチャンス』(カドカワ・ミニッツブック/希望小売価格300円)も好評配信中。資金力の小さいベンチャー企業が、宇宙という壮大な舞台で、いかにして「利益の出る」ビジネスを起こすことができたのか? それをどうやって継続していくのか? 「資金力がないからこそ1年目からの黒字体質を目指す」「壮大な構想を実現するには、ディテールの理解が重要」など、夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されており、宇宙に関心がある人はもちろん、これから社会に出る人たちにもお勧めだ。

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取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史

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