仕事とは?

Vol.240 <後編>杉江 弘

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すぎえ・ひろし●1946年、愛知県生まれ。1969年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、日本航空株式会社に入社してDC-8、B747、エンブラエルE170などに乗務する。首相フライトなど政府要請による特別便の経験も多い。同社安全推進部に所属中は安全運航のポリシーの立案・推進に従事し、特に「スタビライズド・アプローチ」と呼ばれる運航ポリシーは現在では広く航空界全体に採用されている。B747の飛行時間では世界一の1万4051(機長として1万2007)時間を記録し、2011年にボーイング社よりそれを記念して設計者のジョー・サッター氏のサイン入りのモデルプレーンを贈られ表彰を受ける。2011年10月の退役までの総飛行時間(すべての機種)は2万1000時間におよぶ。新聞、テレビ、講演会などを通して航空問題(最近ではLCCの安全性)について解説、啓発活動を行っている。また海外での生活体験を基に日本と外国の文化の違いを解説し、日本と日本人の将来のあるべき姿などにも一石を投じている。日本エッセイストクラブ会員。

前編ではパイロットとして42年間守り続けた安全運航の裏にあった努力や考えについてうかがいました。
後編ではパイロットとして大切にしてきたことや、次世代への思いをお話しいただきます。

「安全運航」「定時運航」はもちろん、プラスアルファを提供する

-パイロットのお仕事で大切にされていたことは?

お客さまのニーズに応えることです。お客さまのニーズはさまざまで、例えば、大阪から羽田に向かう平日の第1便にはビジネス目的のお客さまが多いですよね。となると、お客さまにとって大事なのは、遅れずに仕事に向かうこと。そのためにスピードやコース、積載燃料を計画し、安全に速く飛んで、定刻に着くのがパイロットに求められる技術です。一方、観光客が多い土曜の朝の第1便では「富士山が見えますよ」と機長アナウンスをして景色を楽しんでもらっていました。国際線ですと、アメリカ中西部を縦断するメキシコ便の昼間のフライトでは、毎回5つの管制塔と連絡を取って許可を得、グランドキャニオンの上を飛んで絶景を乗客にプレゼントすることにしていました。安全運航、定時運航が第一なのは言うまでもありませんが、その上でプラスアルファを提供すると、お客さまが喜んでくださる。アンケートで「これからも日本航空を利用します」という感想を頂くことも多く、機長としてそれ以上にうれしいことはなかったですね。

 

42年間のパイロット人生で見つけた究極の「安全対策」

-ご著書で、降下の際に乗客の耳が痛くならない操縦法を工夫されていたと知り、こまやかな配慮に驚きました。耳の痛みは気圧が急激に変化することで起きるので、降下のタイミングを早めにしてゆっくり降りたり、目的地付近でいったん高度を少し下げて、乗客が気圧の変化に慣れやすいようにされていたそうですね。

私自身はお客さまを安全に目的地に送り届けるのはもちろん、身体的負荷を一切負わせないようにするのが機長としての自分のやるべきことだと考え、耳に優しい運航を心がけていました。お客さまのニーズに合わせた運航計画をしていたのも、自分が乗客なら何がうれしいかと想像し、それらを実行してきただけなんです。私は乗り物や旅が好きですから。

 

ただし、耳の痛みはお客さまの体調との関係性もあり、一般には航空会社の責任の範囲ではないとされています。お客さまに景色を楽しんでいただくことも、今はあまり行われず、どのフライトでも決まったように食事の後は機内が暗くなります。「お客さまのニーズに応える」とひと口で言っても、それぞれの機長の考えや、時代の変化もある。ですから、私がやってきたことが「正解」というわけではなく、それぞれのやり方があっていいのですが、若いパイロットと一緒に空を飛んだり、指導を担当して気になったのは、マニュアルにとらわれた人が目立つことです。

 

-航空業界以外でも、よく言われていますね。

社会全体の風潮でもあり、「今の若者はけしからん」などと言うつもりはありません。ただ、空の上ではマニュアルにはない事態にも対応できないと、命にかかわるのです。平常時ならば、マニュアルに書かれたことを順番通りにやっていれば問題ありませんが、あと数分で墜落というときにそんな悠長なことはできません。2009年のハドソン川不時着水事故において機長が最初に取ったのは、USエアウェイズの危機管理マニュアルでは15番目に実行するよう記載されている「補助電源をつける」という行動でした。とっさにそういう判断ができたのは、彼が日ごろから緊急事態に備えて研究を怠らなかったことに加え、マニュアルの背景を自ら考え、理解していたからです。

 

マニュアルを守ることも大事ですが、そこに書かれた考えはどのようにして決まったのかを考える。そういった思考の訓練をしておかないと、前例のないことに対応できません。これはビジネスの世界でも同じことが言えるはずです。

 

最後に、私が42年間のパイロット生活で習慣としてきた、究極の「安全対策」を皆さんにお教えします。それは出発前に、搭乗をされるお客さま一人ひとりの顔をコクピットの窓から見ることです。以前はコクピットにお客さまを案内することもあり、私の楽しみの一つでしたが、2001年の同時多発テロ以来、コクピット内には一切乗客が入れなくなってしまいました。パイロットはお客さまと接する機会がなく、ともすれば自分が何百人の人たちの命を預かっていることに対するリアリティーが持てず、想像力に欠けた行動をしかねません。でも、そのようなときに一人ひとりの顔が浮かんでくれば、トラブルが発生して判断に迷うときも常に安全第一で物事を考えることができます。単なる精神論に聞こえるかもしれませんが、非常に重要なことだと私は思っています。

 

学生へのメッセージ

私は子どものころから乗り物が好きで、蒸気機関車の運転士になるのが夢だったのですが、高校生になったころにはほとんどの蒸気機関車が姿を消してしまいましてね。憧れの職業が消滅するという小さな挫折を経験しました。パイロットにも憧れがありましたが、そのころ、大多数のパイロットは航空大学の卒業生で、航空大学の試験は何十倍もの難関。受験する前にあきらめて大学の法学部に進み、一般企業に就職するつもりでした。ところが、私の就職活動時は、高度経済成長によるパイロット不足を補うために航空各社が一般大学からパイロット訓練生を募集し始めた時期。友人から情報を得て軽い気持ちで受けてみたところ、9回の試験に通って、採用されたんです。私は特に成績優秀な学生ではありませんでしたから、われながら驚きました。同時に、挑戦する前からあきらめて航空大学を受験しなかった過去の自分を反省しました。ですから、皆さんにはぜひ自分の可能性を信じ、挑戦していってほしいと思います。

 

杉江さんにとって仕事とは?

−その1 マニュアルにはない事態をいかに切り抜けるか

−その2 命を預かる仕事だから、たった1回の失敗も許されない

−その3 自分が乗客なら何がうれしいかを想像し、実行する

 

INFORMATION

『乗ってはいけない航空会社』(双葉社/1600円+税)には、杉江さんのパイロットとしての豊富な経験から分析した、世界中の航空会社の実態が書かれている。安全な航空会社はどこか、乗ってはいけない航空会社はどこなのか。杉江氏の調査から導き出した「本当のエアラインランキング(トップ20&ワースト15)」もズバリ指摘する、本音の航空会社論。

 

編集後記

杉江さんの駆け出し時代には、軍隊で教育を受けた厳しい機長も少なくなかったそうです。「離陸から着陸まで怒鳴りっぱなしで、名前を聞いただけで胃が痛くなるような機長もいました。彼と一緒のフライトがあると、仮病を使って休む副操縦士も一人や二人ではなく(笑)。でも、私はどんな機長でも休むことはありませんでした。理由は単純に飛ぶことが好きだったからなのですが、結果的にはそれが良かったと思います。先輩のいいところは取り入れ、疑問を感じるところは改善していこうと考えることができましたから。社会に出たら、苦しいこともあると思いますが、どんな経験も必ず生きますよ」と杉江さん。
(編集担当I)

取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史

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