仕事を語れる先生になるために、3年間限定で会社員に
高校生の時に野球をしていて、何か目指すものがある人生っていいよなと感じました。そういう意味では甲子園はわかりやすい。当時、先生や学校に不満を持ち、「自分だったらもっと良い先生になれるのに」「もっと良い学校にできるのに」と思っていた僕は、だったら高校の先生になって野球部の顧問として甲子園を目指すのもいいんじゃないかなと思いました。
そして物理と数学が得意だったからという理由で、大学は理工学部を選択。4年間で教員免許は取りましたが、私立高校の理系の先生は院卒でないと採用されるのが難しいという状況だったので、大学院まで進みました。早く教育の現場に立ちたいなと思っていた時に、ちょうど大学のキャンパス内で開成高校が物理の非常勤講師を募集している貼り紙を発見。もちろん応募して、大学院に在学中の2年間、高校の教壇に立って物理の授業をすることになりました。高校生と接するのはすごく楽しかったですし、やりがいもあったので、やっぱり教師を一生の仕事にしていこうと思いましたね。
でも、授業で物理のことは教えられるけど、それ以外のことは自分には教えられないということに気がつきました。特に仕事の話ができないのは良くないなと思って、まずは企業に就職することにしたんです。そして3年間で会社員を辞めて先生に戻るという前提で就職活動を開始。貴重な3年間を下働きだけで終えたくないので、リーダークラスになれそうな規模の小さい会社を選びました。それに、いろいろな業種とかかわる仕事の方が、先生に戻ったときに子どもたちに語れることが多いのではないかと考えたんです。そこで入社したのが、人材系のコンサルティング会社です。中小企業の新卒採用を支援するのが主な事業で、ほかに社員向けの研修や企業のブランディングなども行っていました。
自分で新しい教育サービスを作りたい! コンセプトは「中高生向けのキッザニア」
予定通りほぼ3年でその会社は辞めたのですが、結局、先生にはなりませんでした。というのも、当時NHKの大河ドラマとして放送していた『龍馬伝』を見て、一人の教師として良い教育を提供するのも素晴らしいことだけど、起業して自分が納得できる教育サービスを作る方が、日本の教育をもっと早くもっと良くできるのではないかと考えたからです。さらに、人材系コンサルティング会社ではずっと中小企業の社長を相手に仕事をしていましたので、「自分が社長になる」ことへのイメージも湧きやすくなっていました。
そして大学の同期と前職の後輩を誘って3人で起業。最初に考えたサービスのコンセプトは「中高生向けのキッザニア」です。当時、子どもが就業体験できる施設、キッザニアに注目していましたので。さらに、開成高校の非常勤講師をしていた時に、ITが好きで自分が作ったものを「見て見て!」と言ってくる生徒が多かったのを思い出しました。それって、ほめてほしいということなんですよね。ITが好きな子って、周りからはオタクだと言われてしまうことが多いし、親もパソコンばかり使っているといい顔はしない。だから、まずはITに絞って、そういった中高生の可能性を伸ばせるサービスにしようと決めました。
でも、日本は保守的なので、無名な企業が「新しい教育サービスを始めます!」と言っても、誰も相手にしてくれないのではないかと考えました。ベンチマークにしていたキッザニアがうまくいった理由の一つは、日本でスタートする前にメキシコで成功したからだと思うのです。僕たちがやろうとしているのはITに関すること。だったら、見本にするのはやっぱりシリコンバレーだろうということで、インターネットでいろいろ調べてみました。そして、たまたまシリコンバレーのど真ん中にあるスタンフォード大学で中高生向けのIT教育のキャンプがあることを知り、僕たち経営陣3人は現地まで見学に行くことにしたんです。
そこでは、自分たちでスマートフォンのアプリを作れるということや、大学のキャンパスを使って中高生が夏休みにキャンプをしていることに驚き、創業メンバー同士で「自分たちはこういうことを目指していこう!」という目線合わせもできました。
参加者3名のサービスが、今では延べ1万人以上に
帰国後、僕たちも日本で同じようなことをやろうと思ったのですが、創業メンバーの3人は、誰もITのスキルを持っていませんでした。そこで社会人向けのIT教育をしている人に会いに行って「これを中高生向けにやりたいので教材を貸してくれませんか?」とお願いしたり、当時高校生でスマホアプリを作って有名になっていた子たちにTwitterで声をかけて「親善大使になってください」と依頼したりしました。その高校生からは、渋谷のファミリーレストランで時計アプリの作り方を教えてもらったこともあります。
そのころ、ある高校の先生から「一回教育現場に戻った方がいい」とアドバイスをされて、その後、会社ではサービスを作りながら、週に3回早稲田高等学校で物理を教えていました。そこで仲良くなった高校生に、日曜日に会社のオフィスで開発中のワークショップを一緒にやってもらったことも何回かあります。自分たちが作っているサービスは本当に中高生にとって楽しいものなのか、学べるのか、ということを確認するために。
そして起業から1年後、ついにサービスをリリースすることができました。しかし最初のデモキャンプの参加者は、3名。その後に実施した初めての夏のキャンプでは40名集めることができましたが、売り上げは150万円。運営経費を差っ引いて残った利益は30万円でした。それでも、一歩目を踏み出せたことはうれしかったですし、その後はおかげさまで参加者は伸び続け、これまでに延べ1万人以上の中高生がライフイズテックのキャンプやスクールに参加してくれています。
お金を払って継続的に学びたいと思えるくらい、本当に良いサービスを提供していく
サービスを始めた当初は、学校や既存の教育業界から「それは必要なことなの?」と言われたこともあります。でも、IT業界の人たちは必要だと言ってくれた。それに、学校の一つのクラスに45人くらいの生徒がいたとして、僕たちはそのうち5人くらいの「ITが好きな子」が来てくれればいいと思っていたのですが、実際にやってみたら運動部に入っている子やバンド活動をしている子など、特にITに精通しているわけではない、いわゆる普通の中高生の参加がほとんど。これはかなり意外でしたが、多くの中高生にも求められているということを確信できました。
とはいえ、ただITスキルを教えるということを目指しているわけではありません。僕は教師ですし、副代表は時間内に部屋の中に隠されたパズルや暗号を解くことを目指す「リアル脱出ゲーム」のディレクション経験もあるワークショップデザイナー。ライフイズテックの強みは「リアル」の価値を最大化することなんです。僕たちの作ったプログラムに参加することで、楽しいことを見つけられる、誰かにほめられる、一緒に学べる仲間ができる、憧れの先輩に出会える…。目標は「スマートフォンアプリが作れる」といったITスキルの習得かもしれませんが、その過程にはこんなにも多くの可能性がありますし、中には3時間のプログラムで、本当に人生が変わる子どもたちだっているはずです。
この事業を始める時、株式会社ではなくNPO(非営利団体)にしようかという話も出ていました。でも、教育というのはお金を払ってでも「また学びたい」と思えることが大事なんです。そうでなければ本質的に良いサービスだとは言えませんし、お金の出どころがサービスを受ける本人でないと、独りよがりの運営になってしまうかもしれません。中高生がまた来たくなる最高のサービスを作る。NPOではなく株式会社にしたのは、その意思表明なんです。
これから社会に出る皆さんへ
何がやりたいのかわからないという学生が多いようですが、「見つけよう見つけよう」と思っても、時期や環境によっては見つからないこともあると思います。そんなときに大事なのは、やりたいことがないから何もやらないのではなく、今好きでやっている目の前のことを一生懸命やるということです。それは遊びでもいいですし、それこそ「モテる」ということの追求でもいいです。何かを極めるというのはとても価値のあることですし、そこから将来役に立つことが必ず得られるはずです。
水野さんHISTORY
慶應義塾大学理工学部物理情報工学科を卒業し、同大学院へ進学。その間、開成高等学校で物理の非常勤講師を2年間務める。
人材系コンサルティング会社に入社。
ピスチャー株式会社(現ライフイズテック株式会社)を設立。スタンフォード大学のIT教育キャンプを見学に行くなど、サービス立ち上げの準備を行う。
中高生向けIT教育プログラム「Life is Tech!」のサービスを開始。
愛読書は?
『ROOKIES』(集英社/1巻あたり税抜き638円)はかなり読みましたね。ご存じの通り不良高校生が甲子園を目指すストーリーなのですが、僕は主人公の川藤先生から教育の大切なことをたくさん学びました。例えば、川藤先生がほかの教員に対して「デパートでは子どもはすぐに疲れた、抱っこしてと言いますがなぜだかわかりますか?」「それはすべての商品が大人の目の高さを想定して並べてあるから」「教師も生徒の目線を持って接しないと」といった内容を話すシーンがあります。教育に興味がある方にとっては、すごく勉強になるのではないでしょうか。
水野さんの愛用品
通勤用の自転車です。以前は自宅からオフィスまで徒歩1分だったのですが、オフィスを移転してから徒歩で10分くらいかかるようになってしまいました。通勤時間は無駄なので、とにかく短くしたいと思って自転車を買いました。これなら3分でオフィスまで来れます。健康のためではなく、時間短縮のための自転車なんです(笑)。
撮影/刑部友康