こまつみわ・1984年、長野県生まれ。幼少期から画家を志す。2004年女子美術短期大学卒業後、同校版画研究室の研究生として制作を続け、在学中から女子美術大学優秀作品賞(05年)など数々の賞を受賞。09年、阿久悠氏のトリビュートアルバム『Bad Friends』のCDジャケット挿絵制作をきっかけにプロの銅版画家として活動を開始。死生観などをテーマにした繊細なタッチの作品が注目を集める。その後、油彩も始め、13年、出雲大社に絵画「新・風土記」を奉納。現在は着物や有田焼とのコラボレーションなど表現の幅を広げ、海外にも進出。15年には有田焼の狛(こま)犬「天地の守護獣」が高い評価を受け、大英博物館に永久所蔵され、日本館に展示された。
オフィシャルサイト http://miwa-komatsu.jp
前編ではアーティストとして世に知られるまでの経緯をうかがいました。
後編では海外での活動の制作への影響や、仕事の喜びについてお話しいただきます。
海外での活動で、これまで向かい合ってきたテーマの新たな可能性に気づく
-現在は銅版画やペイント画だけでなく、墨絵、着物や有田焼とのコラボレートなど技法にとらわれず表現をされていますね。2015年には有田焼の「狛犬 天地の守護獣」が大英博物館に展示・所蔵されたり、ロンドンやニューヨークでの個展の開催など活動の舞台も国境を超えて広がっています。
有田焼の「狛犬」はもともとイギリスで開催されたフラワーショーに出展した作品。たまたま大英博物館の学芸員の方の目に留まったんです。「うちの子たちが博物館に嫁ぐとは」と本当に驚きました。博物館に入るということは自分が死んだのちも彼らは生き続けられるということなので、本当にありがたいです。
また、活動の場が日本以外にも広がることで、「まだまだこれから」と意欲を新たにしたり、自分がこれまで向かい合ってきたテーマの新たな可能性や深さに気づいたりしています。例えば、私は子どものころから狛犬が好きで、作品にもよく登場しますが、狛犬の原点はエジプトのスフィンクスやユダヤのケルビムだと言われています。それが日本にも伝わって犬の姿になったそうです。いろいろな宗教観が混ざった存在なので、作品を通していろいろな文化の人たちと話が弾み、「この子たち(狛犬たち)は世界中の人たちの心に入っていける子たちなんだなあ」とモチーフの持つ、とてつもない力にあらためて驚かされました。
絵を描いているというよりも、生き物に魂を入れていくような感覚
-最後に、アーティストとして最も喜びを感じるのはどんな瞬間ですか?
描いているモチーフの目が動き出したり、尻尾が揺れたり…。そういう時に魂が喜ぶのを感じます。絵を描いているというより、生き物に魂を入れていくような感覚。絵の中にひとつの生命が生まれて、私自身の魂の成長もそこにあると感じられる瞬間がすごくうれしいです。ただ、そういう瞬間というのは毎回あるわけではありません。本来はあるべきものだと思っているので、絵に魂を入れられない自分にいら立つことも多かったりするんですけど、やっぱりあきらめるわけにはいかない。一歩一歩ゆっくり前に進むイメージで絵を描き続けています。
絵を描くときって、描き終わったから私の仕事は終わりという気持ちにはいつもならないんです。人に見てもらったり、人の手に渡って飾られたり、「嫁ぎ先」の家族の思い出でのひとつとなったり。絵が成長していく姿を見届けたり、後押しするのも画家の大事な仕事なんじゃないかなと思ったりしています。
学生へのメッセージ
最近は個展やイベントに学生さんたちもよく来てくれるようになって、進路について相談を受けることがあります。「美術系の大学に行きたいけれど、迷っている」「就職で悩んでいる」というような。そういうときに、私は基本的に何事も「大丈夫」と答えることにしているんです。というのも、自分のさじ加減で限界を決めないでほしいんです。もちろん、不安もたくさんあるでしょう。でも、悩むくらい好きなこと、やってみたいことがある人たちには、「とにかく、行きなよ」と背中を押したくなる。だって、本人が思っている以上の可能性がいっぱいあるはずだから。学生時代というのは、まだまだ自分のさじ加減では自分の才能を測れない時期だと思います。
やってみてうまくいかなくても、それは神様の与えてくれたひとつの試練かもしれません。人の魂の成長にとって大切なのは、見えないところでいかにあきらめずに歩んでこられたかどうか。試練というのは、人の力を引き出してくれるありがたいものだと私は思っています。ただ、試練を乗り越える過程というのは険しいもの。あきらめないために大切なのは、いろいろな人に会うこと。そうすれば、いつの間にか小さくなっていた自分のさじ加減に気づけます。とにかく、自分に自信を持って進んでいってほしいなと思います。
小松さんにとって仕事とは?
−その1 人の心に入っていくものを描ければ、自分も人も満足できる
−その2 自分を理解し、信頼してくれる人の期待に応えたい
−その3 描き終わった絵が社会で成長していく姿を見届けるのも画家の仕事
INFORMATION
故郷を大切にし、生まれ育った長野県にも活動拠点を持つ小松さん。2016年9月に開催された「G7長野県・軽井沢交通大臣会合」ではアンバサダーを務め、会合の開催記念作品「灯し続け、歩き続け」を制作した。同作は2017年1月9日まで軽井沢ニューアートミュージアムで開催中の小松さんの個展で一般公開されている。
■G7長野県・軽井沢交通大臣会合開催記念特別展 小松美羽 −灯し続け、歩き続け−
期間 : 2016年9月26日〜2017年1月9日
会場 : 前期/KARUIZAWA NEW ART MUSEUM 2F 展示室1 後期/KARUIZAWA NEW ART MUSEUM 1F Gallery4
詳細は http://knam.jp/
編集後記
小松さんが制作を行う際には、依頼主からテーマを伝えられて描く場合もあります。「テーマが決まっていると、“自由に描きたい”と感じることもあるのでは?」とうかがうと、こう答えてくれました。「テーマを与えられることを“縛り”とはまったく思っていないんです。社会の中で必要なテーマだからこそ依頼を頂くわけで、そこに対して私がどう向かい合い、作品として落とし込んでいくかが大切。そのテーマが社会で必要ならば、自分がそれを描くのは必然だと思っています」。しなやかで芯のある姿勢にプロとして生きていく「覚悟」を感じました。(編集担当I)
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康