音大生も知らない 就活で音大が強い理由

大内孝夫(おおうち・たかお)●武蔵野音楽大学 学生部就職課主任・会計学講師。[4月よりキャリアデザイン(導入編)講座講師兼務予定]慶應義塾大学経済学部卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)入行。証券部次長、仙台営業部副部長、いわき支店長などを歴任。2013年より武蔵野音楽大学に勤務。著者に『「音大卒」は武器になる』『「音大卒」の戦い方』(ともにヤマハミュージックメディア、2015年)『「音大卒=武器」にした元メガバンク支店長が贈る! 大学就職課発!!目からウロコの就活術』(音楽之友社、2016年)がある。また、音楽之友社HPにて、就活生と音大生向けの「就活&キャリアQ&A」を連載中。

夢を続けてきた音大生は就活でも強い!その理由を教えます

そろそろ就活を控えた音大生の皆さん! 合同企業説明会や各企業説明会の案内などが届くものの、「プロの道に進みたい」「小さいころからの夢をあきらめたくない」と一般企業への就活に乗り気になれない、なんてことはありませんか? けれども、卒業後の進路を考える今の時期に、自分の将来について向き合ってみませんか?

音楽の道でプロを目指す学生が集う武蔵野音楽大学で、学生の就職活動を支援する大内孝夫さんは、銀行員時代に就職試験の面接を数多く担当してきました。“採用する側”と”学生を支援する側”双方の立場を経験してきた大内さんに、「夢を追い続けてきた音大生が就活で強い」理由と、将来を考えるときのポイントをうかがいました。

自分にとっての当たり前が就活の「武器」になる

大内さんが武蔵野音大の学生に出会ってまず驚いたのが、彼らの「社会人基礎力」の高さ。
「就職課を訪れる学生が皆、部屋の扉をノックし、目を見てから一礼して『よろしくお願いします』とあいさつをしてくれました。なんて礼儀正しい学生たちなのだろうと感心しましたね。銀行員時代に面接で出会った学生たちは、同じように部屋に入ってきてもどこか不慣れなところがありました。しかし、音大生は先生との1対1のレッスンをこなすことで、目上の人への接し方が身についている。幼いころから大人の厳しい指導を受けてきたからこそ、相手に敬意を払うことが自然にできるんですね。就職活動において、大きなアドバンテージになると感じました」

そのほかにも、夢に向かってひたむきに努力を重ねてきた音大生は、就活においての強みがあると感じたそうだ。
一つの楽器に向き合い、楽譜を完璧に覚える集中力はなかなか持てるものではありません。練習でやってきたことをコンクールやオーディションの本番1回にぶつける精神的なタフさや、先生と1対1のレッスンで厳しい指摘を受けながら練習を続ける忍耐力も、一般の大学生よりはるかに鍛えられているでしょう。さらに、譜面に書いてある言葉の意味を、語源にまでさかのぼって納得するまで調べる習慣もあり、これらの力すべては、音楽以外の仕事でも役立つと思います」

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実際に、生命保険会社の営業職に就いた卒業生は、商品情報を徹底的に調べ、正確に覚える姿勢により、お客さまから絶大な信頼を得ているという。「音大卒業生は、仕事が丁寧で、わからないことをわからないままにしない」「何を聞かれても答えられるので、驚くほど優秀な業績につながる」と、企業担当者に言われるほどだ。

自分や同じ学校・学部の学生にとっては当たり前のことでも、他大学の同年代の学生と比べると社会に出た時に役立つスキルが身についているのだ。「これまで頑張ってきたことに関連する仕事をしたい」「一般企業への就職には音大は不利だろう」と思うあなたは、これまで努力を続けてきたこと「そのもの」から少し視野を広げて、「身についたことは何か」を考えてみてはいかがでしょうか? 努力を続けてきた中で培ったスキルが、進路を選ぶときの「武器」になるはずだ。

≪Point1≫ 自分が続けてきたことを通じて身につけた「社会人基礎力」を考えてみよう

一般企業への就職は「負け」じゃない!

音大生の多くは、幼少期から人生のほぼすべてを音楽に捧げていると思います。しかし、演奏家や音楽の教員として生きていくことを夢見て大学に入ってきても、実際に音楽で生計を立てられる人はほんのひと握り。大内さんは、自分の立ち位置を見つめて、「音大に進んだのに一般企業へ就職するなんて、人生の負けだ」という間違った認識は持たずに進路を考えてほしいという。

「大学3年生にもなれば、それまでの実績から、音楽で生きていけるかいけないかはおおむね見えてきます。とはいえ音楽の道以外を見ようとしても、『これまでの人生を捧げてきたのは何だったのか』との気持ちから、マインドを切り替えるのは本当に難しいもの。しかし、「やりたい」という気持ちと、現実の実力(=自分の立ち位置)の間にギャップはないか、就活を控えた大学3年生の時期に立ち止まって考えてみてほしいですね」

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また、音大生やその保護者の話を聞いて感じるのが、将来の進路を音楽にかかわることを頂点に、”ピラミッド型”で考えている人が多いということ。最上位が演奏家や音楽大学の先生、次に小中高の音楽の先生、そして音楽教室の先生。音楽とは関係がない一般企業への就職は、底辺と捉えているのだ。

「アルバイトをしながらでも、音楽を続ける方がいいと思っている人も多いですが、そうやって生計を立てながら、挑戦の末に演奏家の道をあきらめる方はたくさんいますし、『失敗しても、若いから大丈夫』と励ます人はいるかもしれない。でも、実際問題として、アルバイトから正社員に進む道は厳しく、正社員と非正規社員との賃金格差は男性の生涯年収で1億円ともいわれています。安定した収入のある仕事に就くことは、新しい可能性につながります」

上記のようなアドバイスを続けたところ、これまで「アルバイトをしながら演奏家を目指す」ことを選択して卒業していく学生の割合が減り、今では多くが一般企業への就職の道を選んでいるという。

≪Point2≫ “音大を出て演奏家として成功した人がいる”ということと、“自分がそうなれるかどうか”は別問題。過去の実績、大学での成績などを振り返り、自分の立ち位置を確認してみよう

目先の進路だけでなく、長期的にキャリアを捉えよう

一方で、一般企業への就職活動をしながら、あるいは就職後も、演奏家の夢を追いかけて両立する学生も多い。大学卒業後のキャリアが、描いていたとおり直線に進んでいく人は少なく、巡り巡ってつながっていくものだと大内さんは言う。
就職活動では、目先だけにとらわれて『夢をあきらめる』『夢を捨てる』と考えがちですが、夢は進んだ場所によって変わっていくもの。思い描いた道じゃないからこそ、見えてくる景色もあります。

卒業生の中にも、一度は一般企業に就職したものの、仕事をしながらコンクールに挑戦を続けて賞を取り、演奏家の道に進んだ方がいる。また、現在ピアノの先生として活躍している方には、卒業後に航空会社のキャビンアテンダント(CA)を経て、教室を立ち上げて成功している方もいます。CAとしてお客さまへの接し方を学んだからこそ、生徒の保護者の方への対応で力を発揮でき、ほかの教室との差別化ができているようです。音大生はみんな、熾烈な競争の中で生きていますが、負けるからこそ得る力もある。一つの価値観だけで見ずに、切り替えが大事だよと常々言っています」

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≪Point3≫ 卒業直後に希望の職業に就けなくても、チャンスはある! すぐには難しくても、長期的な視点で、自分の夢を後押しする経験を大事にしよう

~夢を追い続けているあなたへのメッセージ~

最後に、音大生のみならず、小さいころからの憧れの職業につこうと努力している学生へのメッセージをお願いすると、「就職」とは何かを考える姿勢が大事、との答えが返ってきた。

「企業に入ることを就職活動だと考えている学生がいますが、実際の目的は“職に就く”こと。“職”とは、“その仕事によって、自分の生活を維持できるもの”だと私は考えています。プロの演奏家を目指します、と言って月に数回の演奏以外はアルバイトで稼いでいる方がいますが、私に言わせれば、それは“職”ではありません。演奏家であれば、お金を払ってでもその音楽を聴きに行きたいと思わせるパフォーマンスが得られているのか、お客さま視点で自分を厳しく見る目が大切です。

また、一つの職に就いたからといって、それがずっと続くとは限りません。新しい場所で新しい目標ができて、それに向かって進むうちに、思いがけない職に巡り合うこともあるでしょう。新卒では入れなかった会社に、中途採用で入れる可能性だってあります。現実への冷静な視点と長期的な目線。この2つを忘れずに、将来について考えてほしいなと思っています」

INFORMATION

就活術/書影-(2)

 

現役就職課職員にして元メガバンク支店長の著者が、その経歴を生かし、採用側の“企業目線”でさまざまな就活生を鋭く分析。音大生のみならず、あらゆる悩める就活生を成功に導く「目からウロコの就活術」を伝授。「就活がうまくいかない」「志望動機が浮かばない」「そもそも就職なんかしたくない」…そんな悩める就活生に、就活戦線を勝ち抜けるための【武器】を授ける。

また、2017年4月下旬には「『音楽教室の経営』塾 ①【導入編】~教えるのは誰のために?」、「『音楽教室の経営』塾 ②【実践入門編】~たった2つのキーワード」を刊行予定。

取材・文/田中瑠子
撮影/鈴木慶子


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