社会変化のスピードが加速する今、働く組織の選び方、仕事の捉え方はますます多様になっています。終身雇用が当たり前ではなくなり、「大企業に入れば、将来も安心」とは言い切れない…。そんな中で、企業選びの観点には何が重要になってくるのでしょう。
本記事では、「若手が成長し、活躍する企業にこそ未来がある」と、組織風土改革に着手したトヨタ自動車の事例から、「入社後も個人として成長し続ける」組織の在り方を考えます。
HRサーベイツールを導入し、そこから見えた若手社員の成長課題にどう取り組んできたのか。トヨタ自動車株式会社人事部の山口勇気さんに、具体的な変革ポイントや起こった組織変化、そしてすべての就活生に伝えたい、「企業研究の大事な視点、企業選びのメッセージ」をうかがいました。(聞き手は株式会社リクルート 就職みらい研究所所長 増本全)
目次
採用から配属まで、若手育成を「一貫して」は見ることができていなかった
増本
トヨタさんは、2020年から社内でHRサーベイツールを導入するなどして新たな組織変革に取り組んでいらっしゃいます。そもそも、社内の組織課題にはどのようなものがあったのでしょう。
山口
数年前から、現場からは「若手社員がイキイキと活躍できていない」「退職者が増えている」といった声があり、若手社員からも「改善提案してもなかなか受け入れてもらえない」「担当範囲が狭く、裁量もない」というファクトや生声が上がってくるようになりました。このままではいけない、と感じ始めていましたが、具体的なきっかけは、2020年の労使協議会です。その場で経営陣と労働組合側の双方が、マネジメントの意識改革と若手社員の成長・活躍が課題であると共通認識を抱き、早急に取り組もうと動きだしました。
増本
「若手社員の成長・活躍」という課題が顕在化した背景とは…?
山口
トヨタは2018年に、「自動車をつくる会社」から「モビリティ・カンパニー」へのモデルチェンジを大々的に打ち出しました。「世界中の人々の『移動』に関わるあらゆるサービスを提供する会社」として、メーカーからサービス会社への大転換が決まったことを受け、採用上のメッセージでも「トヨタの変革・チャレンジ」を伝えてきました。
でも、入社してみたら「あれ?」と感じさせてしまう場面もあり、それが若手社員の戸惑いや不安につながっていったのだと思います。
新入社員の入社支援の基本的な座組は、集合研修、工場実習、販売店実習という流れです。しかし、採用、研修、職場配属をそれぞれ別の部署が担当しており、いわばぶつ切りになっていて、連続的にサポートする体制が取れていませんでした。疑問や不満を伝える先も不明確で、現場が変わり切れていないことに、「本当に変わるのか」「ここで働いていて成長できるのだろうか」という思いにつながったのではないかと考えています。
そこで、各現場に埋もれていた若手の声を可視化し、課題を明確にしました。これを経営層や管理職層と認識を合わせていけたことで、スタートを切れました。
増本
求める人材像はどう変わってきましたか。
山口
トヨタの人づくりの土台には、「自分以外の誰かのために」を考えられる人の採用があります。相手の立場や考えを理解、尊重し、巻き込む「人間力」が求められている。この“トヨタらしさ”は変わっていません。
ただ、モビリティ・カンパニーへの変革により、競合の業界が一気に広がり、多様な強みを持った人材なくしては、企業として成長できないフェーズに入ってきました。これまでトヨタは、製造・販売のノウハウを社内に蓄積していたため、新卒人材にトヨタのやり方を習得してもらうことが経営戦略ともマッチしていました。
しかし、今後は他業界との連携が進んでいきます。さまざまな領域の専門人材がビジネス上必要ですので、キャリア採用(中途採用)入社にも力を入れていますし、新卒採用においても、変わらないトヨタらしさを求めつつ、トヨタのフィールドで何に挑戦したいか?何を実現したいか?というWillを求めたい。これまでの延長ではない企業変革に挑むわけですから、多様な若手を迎え入れ、トヨタらしく育てるだけでなく、はみ出してでもチャレンジする情熱を期待したいと思っています。
増本
自動車を造るという、80年変わらず続いてきた事業の柱が変わるのですから、組織変革にはいろいろな壁がありそうですね。具体的に、どんな取り組みを始めたのでしょうか。
山口
組織と個人の課題を明確にすべく、2020年7月にHRサーベイツール「Geppo(ゲッポウ)」を導入しました。
もともとキャリア採用には、入社後に組織になじめない社員が少なからず生じている、という課題がありました。現場のどこに改善点があるのかが見えなくて、可視化できるツールを入れたいと思っていました。同時に若手の課題も見えてきたので、サーベイで定量的・定性的に分析できるようにしようと、導入が決まりました。
サーベイ対象は入社1~3年目の社員です。「採用・育成・配属の人事プロセスで、現場の声を集めてPDCAを高速で回し、一気通貫でサポートする」「体調不良やストレスの訴えをいち早くキャッチする」ことで組織改善を図るべく、まずは実態調査から始めたというわけです。
増本
トヨタさんはもともと研修制度が充実していて、体系立ったプログラムが設計されている印象があります。アンケート検証などもきっちり行っていらっしゃいますよね。
山口
確かに、これまでも研修終了後など節目節目でアンケートは行っていました。でも、アンケート結果は翌年の施策には反映されますが、今この瞬間の若手社員の気持ちには寄り添えていなかったと反省しています。
ツール導入で変わったのは、若手の声をかなり高頻度で拾えるようになったことと、部門ごとの人事担当者とも連携して、成長支援がしやすくなったことです。細かな意見も見逃さず、具体的な取り組みに直ちに反映させていくことが可能となり、アンケートの捉え方は大きく変わりました。
増本
若手の声を拾ったことで、見えてきたことは何でしたか。
山口
まずは、人事と各現場との距離が遠かったことに気づかされました。「人事評価の仕組みがわからない」「なぜこの評価なのか」という問い合わせが多く、経営視点でやりたいことの真意が現場に浸透していないことがわかりました。
もう一つが、思っていた以上に、職場で本音が言えていない実態です。2020年はコロナの影響でリモートワークが進んだ背景もあり、職場の縦・横・斜めのつながりが希薄になってしまいました。直属の上司以外に、他部署の先輩やマネージャーからも声をかけてもらうといった、ささいな交流機会が減っています。そのためか、「上司に話したらいいのに」と思うような相談事もGeppoを通じて寄せられるようになりました。現場のコミュニケーション改善は重要な課題だと感じましたね。
増本
コロナによる影響は、業界や企業規模問わず、どの組織も抱えていますね。トヨタさんならではの、その事態に至った理由はあるのでしょうか。
山口
社会環境が変わる中、働く個人の志向や価値観は変化していました。そんな状況に合わせて従業員一人ひとりを見るという観点がより求められていた。過去からのやり方が合わなくなってきたという部分はあると思います。
「自動車を造る会社」として機能の最適化・効率化を最優先に求めてきた結果、個人が大きな組織の歯車になっていった。その反省点は、労使協議会でも共有されました。
スピーディーな改善が「自分の声が会社を変えていく」実感につながっている
増本
新たなサーベイ導入で、社員の皆さんの受け止め方には、どんな声がありましたか。スムーズな運用のために工夫したことがあればお聞かせいただきたいです。
山口
サーベイ内容の秘密保持を徹底し、心理的安全性の確保を重視しました。というのも、「サーベイをやっても、本当の声は出てこないのでは?」「こんなところで本音を言えるわけがない」という懸念の声があったからです。自分の評価に影響があるかもしれないと考える人がいるだろう、と。そこで、本人の了承なく上司に開示しない、という設計には気を使いました。
ただ、やってみると、想像以上に本音と思われる書き込みが多く驚きました。SNSによるテキスト発信に慣れている世代だからですかね。「ここまで書いてくれるんだ!」とうれしかった一方、どこまで受け止められるか、一人ひとりに向き合えるか、多くの課題を突き付けられた感じがしましたね。
増本
サーベイを通じて寄せられた声に対し、具体的にどのような改善に取り組みましたか。
山口
主な対応として、
・人事制度の質問対応
・人事施策へのフィードバック
・キャリアサポート
・体調不安対応
・寮の環境改善対応
などがありますが、ほかにも、数え上げたらきりがないほどです。
人事施策へのフィードバックでは、2020年入社者のサーベイ結果と採用時の評価をひもづけることで配属にミスマッチがないか振り返りに活用しています。
キャリアサポートでは、トヨタ独自のメンター制度「めんどう見」の、それまで直属の先輩しかなかったラインを多チャネル化。キャリアの悩みに応じて、年次が近く、似た経験をしている先輩を紹介してコミュニケーションの場をつくりました。体調不安があるメンバーには、人事スタッフが悩み相談に応じるほか、精神科医や心理士を紹介することもあります。
ほかにも、人事と直接やりとりがなくても、IT環境についての不満の声をIT担当部署とすぐに共有し、高性能のツール導入につなげたこともあります。
増本
本当に一人ひとりの相談に向き合って、具体的なアクションにつなげているんですね。サポートを受けた社員の方の反応はいかがでしたか。
山口
一連の取り組みの中で、人事部の相談窓口に寄せられたものについてメールで回答する仕組みを作りました。すると、「まさか個別に連絡が来るとは思いませんでした!」という驚きの反応が何件もありました。アンケートに答えても、どうせ事態はあまり変わらないだろうと思われていた、つまり期待されていなかったんです。
2020年入社メンバーからは「寮が古くて過ごしにくい」という不満が非常に多く寄せられたので、希望者全員の引っ越しを進めました。とても喜ばれましたね。
増本
すごいですね。大きな組織には、「変わるまでのスピードが遅い」という先入観を持っていたメンバーも多かったと思います。
山口
そうですね。課題発見と対策のスピードは著しく加速しています。
若手社員には、「自分の声で会社が良くなっている」「働く環境が変わっていっている」という実感が広がっているのではないかと思います。過去に相談にきてくれた若手社員から「これからも(取り組みを)続けてください」と言われたときは、われわれの必死さがちゃんと伝わったかなと、うれしかったです。
増本
現場で若手社員の育成に携わっているマネジメント層からの反応はいかがですか。
というのも、普段現場にいない本社の人間から「おたくの若手、こんなことを言っていますよ」と指摘されても受け止めがたい…。現場としては、そんな本音もあると思うんです。
山口
そこは、確かにそうです。トヨタは各拠点人事が現場を見ていますから、導入当初は、現場ですくい上げられない声が、遠く離れた本社の人事部に寄せられるとは思えない…という声もありました。でもそれはごく一部。全社として「社員一人ひとりを見ていこう」という育成スタンスがあるので、ポジティブな意見の方が多かったですね。
現場から出た声は拠点人事と密に共有し、一人ひとりの活躍を阻害する要因は何で、どう取り除けるのか。誰とどう面談すべきかなど、具体的な対応を考えています。
就活生には、企業の“行動”から「自分が本当に成長できる場」がどうか見極めてほしい
増本
サーベイ導入による組織変革に取り組んで1年弱とのことですが、変化の兆しは見えていますか。
山口
トップや現場マネジメントの育成方法に関する認識が「会社主体の育成」から「従業員主体の成長」に変わってきました。また、若手社員の成長支援を行ってきたことで、若手社員だけでなく、全従業員一人ひとりのWillやキャリア形成を支援していくことを重視していくように変化してきたと感じています。
今は、「目の前の仕事に没頭していれば人生は切り開ける」という時代ではなくなっています。環境はどんどん変わっていき、入ってくる情報量も膨大です。適正なタイミングでサポートをしていかなければ、自分の立ち位置がここでいいのか、不安になるのは当然だと思います。
増本
1年後の世の中も想像できないほど不確実ですからね。短期的、具体的な成長期待を求める姿勢は、学生への調査結果にも表れています。
最後に、この目まぐるしい社会変化の中で就活をしている学生の皆さんへ、山口さんから伝えたいことは何ですか。
山口
就職はゴールではない、ということです。
入社後に成長できるか、学び続けられるかが、これからはますます重要になっていきます。仮に大手企業、人気企業に入社したからといって、一生安泰、という時代ではありません。その企業には働く個人に対してどのような支援があり、手を挙げた人にどれくらいチャンスが広がっているのかを、しっかり見て企業を選んでほしい。企業は、未来のある若手社員が最大限に成長し、活躍できる環境を用意したい、と考えているのです。
トヨタは、これからの「モビリティ・カンパニーへの大変革期」を支える若手の育成を、課題感を持って取り組んでいます。まだまだ道半ばですが、「変わっていく」といううわべだけの言葉ではなく、具体的に改善を進めていきます。就活生の皆さんも、いろいろな企業を見るとき、“言葉”だけでなく“行動”から、その企業の言行一致の姿勢をつかみ取り、自分に合った企業選びにつなげてほしいと思っています。そして入社後には皆さんが存分に成長・活躍することを願っています。
プロフィール
山口勇気(やまぐち・ゆうき)
トヨタ自動車株式会社 人事部 人材育成室 採用G グループマネージャー
2005年にトヨタ自動車に入社。国内販売事業部門で販売店収益、車種販促、需給・販売計画に従事。全販売店全車種併売化プロジェクト等にも携わったのち、2020年1月より人事部へ。キャリア採用領域を担当後、2021年1月より現職。新卒・キャリア両領域の採用から配属後の育成までの幅広い範囲を担当している。
増本 全(ますもと・ぜん)
株式会社リクルート 就職みらい研究所 所長
2004年、株式会社リクルートに新卒入社。一貫して人材採用に関する営業・企画・スタッフ職に従事し、主に新卒市場にかかわる業務を担当。2018年4月より就職みらい研究所に着任、同年10月より現職。経済産業省・文部科学省等で採用・就職に関する各種委員や大学生・大学職員向けに300回を超える講演等のキャリア支援を行っている。
取材・文/田中瑠子
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