加藤隆生

かとうたかお・1974年岐阜県生まれ、10歳より京都府で育つ。同志社大学心理学部卒業後、97年京都の印刷会社に就職。出版部門での編集や営業を経て2年で退職。2002年1月、バンド「ロボピッチャー」を結成(06年ユニバーサル ミュージックよりデビュー)。02年10月には主催した京都の音楽イベント「ボロフェスタ」を成功させる。並行してライターや作詞家などフリーランスでの活動を経て、04年7月、フリーペーパー『SCRAP』を創刊。07年から誌面と連動した謎解きイベント「リアル脱出ゲーム」を地元・京都を中心に開催し、人気に火がつく。08年7月、株式会社SCRAP設立。11年、拠点を東京に移す。同年に東京ドームで開催された「リアル脱出ゲーム」は3日間で1万2245人を動員した。日本のみならず上海、台湾、シンガポール、サンフランシスコなど海外公演も大きな反響を呼んでいる。

リアル脱出ゲームOFFICIAL WEB SITE http://realdgame.jp

新卒で入社した会社を2年で辞め、20代の主な活動は「自宅の警備」

2014年に開催した「リアル脱出ゲーム」は約34公演(海外公演を含む)。これだけの公演のアイデアをなぜ思いつけるのかとよく聞かれますが、理由は簡単。僕たちは思い立ったら、まずチラシを作っちゃうんですね。で、具体的な内容は後で考える。だから、07年に「リアル脱出ゲーム」を始めてしばらくは、チケットは完売しているのに1週間前まで謎がひとつもできていないというようなことがしょっちゅうありましたよ。今は公演規模が大きくなり、資材コストへの影響があるので、さすがに1週間前にはほぼ準備が整っていますが…。それでも、イベント当日になってガラリと謎を変えるというようなことは今でもあります。

 

いいものを作るという確信のもと、まず告知を打って、売る。そうやって追いつめられた状態で、ストレスを乗り越えて新しいものを作っていく。これがずっと僕たちのやり方。すべて準備を整えて、「はい、やります」では遅いんです。じゃあ、最終的に帳尻が合わなかったらどうするのと心配にもなりますが、僕は「大丈夫」って思っています。これまでに「謎ができませんでした」とお客さんを帰したことはないし、スタッフみんなでうなるほど考えれば、絶対にいいアイデアというのは出てきますから。

 

物事をやってきた事実の積み重ねというのは大きいですよね。足下を固めてくれるから、自信が生まれる。そういう意味では、学生時代はつらかったです。何者でもなかったですから。大学時代はバンドをやっていて、「音楽で食べていけたらなあ」とは思っていましたが、具体的なことは何もしていなくて…。親に「一度は就職してほしい」と言われて、同級生の就職先が決まり始めた時期になって就職活動を始め、地元・京都の印刷会社に就職しました。その会社を受けた理由はひとつ。就職ガイドに載っていた企業の中で家から一番近かったからです。

 

印刷会社では主に営業を担当しましたが、暗黒の時期でした。不遜にも「これは自分のやるべき仕事ではない」と思っていたので、商品にも思い入れを持てないし、お客さんにも思い入れを持てない。だから、何をやってもつらいんです。我慢ができなくなって、会社に「ミュージシャンになるので辞めます」と言って退職しました。それが24歳の時です。そこからの数年間はアルバイトもしていましたが、僕の主たる活動は自宅の警備(笑)。あとは毎週スタジオに通ってバンドの練習をして、夜はライブハウスで飲みながら、京都出身で東京に行って売れたバンドの悪口を言うという活動もしていました。

 

会社を辞めた時にはずいぶん悩んで、「これからは音楽や文章、自分の手で作ったもの以外で一銭ももらわない」と心に決め、僕なりに悲壮な覚悟がありました。ところが、実家で親のすねをかじりながらぬるぬると毎日を過ごしているうちに、何の変化もないまま29歳に。さすがに危機感を抱き、ちゃんとプロを目指せるバンドを組もうと「ロボピッチャー」というバンドを作りましたが、「29歳のオッサン」のバンドをいきなりメジャーデビューさせようと頑張ってくれる奇特な人なんているはずがない。そこで自分でバンドの認知度を高めなければと、京都大学西部講堂を会場とした「ボロフェスタ」というインディーズのロックフェスを作り、「クラムボン」や「ゆらゆら帝国」といったバンドを呼んで自分たちも出場。このイベントは3年目には1000人ぐらい集客できるようになって、現在も続いています。

 

バンドの音楽活動やイベントについて宣伝するために『SCRAP』というフリーペーパーも作りました。そうやって精力的に動いているうちに、インディーズレーベルからCDを出せることになったんですね。レコード会社のプロデューサーさんやマネジメントを担当してくれる事務所の人、CDジャケットのデザインをしてくれるデザイナーさんなどいろいろな人とかかわりながら頑張って。そのCDが平積みでバンとお店に並んでいるのを見た時、当たり前なんですけど、「ああ、商品というのは売れなくちゃいけないんだ」と初めて思いました。

 

それまでの僕には音楽をお金に換算することへの罪悪感みたいなものがあったんですね。「売れるために音楽をやっているんじゃない。自分の表現のためなんだ」というような理屈はとても心地よいし、筋が通っているようにも思えた。でも、自分の音楽が商品として並んでいるのを見た時に、「何て愚かなことを言っていたんだろう」と恥ずかしくなりました。誰かの助けがないとこうして自分の音楽を世に出すことはできず、その人たちに報いるには売れなければいけない。一緒にものを作る人が頑張ろうと思えるようなクオリティだったり、経済規模のものを作らないと仕事というのは成り立たないと気づかされたんです。それからは、音楽だけではなく、何をやるにしても「売れる」ということを意識するようになりました。

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ビジョンは持つな。今できる一番面白いことをやり続ければ、次が見えてくる

「リアル脱出ゲーム」はもともとフリーペーパー『SCRAP』の企画のひとつでした。『SCRAP』で自分のバンドが出るイベントを宣伝して、お客さんは来てくれるんだけど、それはほかのバンドに価値があるから。『SCRAP』や自分のバンドに価値があるわけではないとはたと気づいて、フリーペーパー自体の価値を上げていかないと続けていけないなと。それで、思いつく限りのイベントをどんどんやったんです。「乙女チックポエムナイト」という参加者が乙女チックなポエムを朗読する会とか、「ロマンチック理数ナイト」という理系の定理をロマンチックにプレゼンテーションし合う会とか。そういう数あるイベントのひとつが「リアル脱出ゲーム」でした。

 

初回は07年7月に京都で開催して、参加者は150名ほど。「出口の見えない人生に、“脱出ゲーム”はいかがかしら?」という1ページの記事を載せて告知したのですが、すぐにチケットが売り切れて。以後、廃校やら病院やらいろいろな場所で開催したところ、毎回予想を上回る反響に驚きました。「リアル脱出ゲーム」の盛り上がりとともに『SCRAP』にイベントの企画やデザイン、販促活動などを依頼してくれる取引先が増え、08年には株式会社化。11年には拠点を東京に移し、現在では「リアル脱出ゲーム」を海外展開するまでになりました。ゲームの舞台もいまやマンションの一室から島までさまざま。開催規模が大きくなるにつれ、僕自身の活動も「リアル脱出ゲーム」の比重が高くなっていきました。

 

僕が「リアル脱出ゲーム」にたどり着いた理由の半分は運だと思います。思いついたことを闇雲にやっていたら、デジタルのゲームにはない新鮮さがたまたま時代に合っていた。本当にラッキーだったとしか言えません。でも、残りの半分は「やっていたから」ですね。アイデアを出してそれを具現化するということをずっとやっていた。だから、「企画を作る」「それを具現化する」ということの筋力がものすごく鍛えられているんですよ。考えてみれば、そういうことのできる環境って多くはありません。どんな大きな企業の企画部に入ったって年間20個の企画を具現化するなんてできないと思うんです。だけど、僕は自分で地元だけでちょこちょことフリーペーパーをやっていたから、ぱっと思いついたことを2週間後には形にして世に出すことができた。ナチュラルな1000本ノックみたいなものを勝手に自分でやっていたんですよね。

 

書籍や商品、テレビや映画の企画をしたり、広告を作ったりと『SCRAP』の活動範囲も広がりましたが、自分たちから仕掛けていくことはあまりなくて、お話を頂いて、「面白そうだからやってみよう」というのが基本姿勢です。そこには戦略も何もありません。『SCRAP』のスタッフには、よく「ビジョンは持つな」と言っています。今できる一番面白いものをやり続けていれば、次にもっと面白いものが必ず見えてきますから。

 

「社会に出て何をやりたいのかがわからない」と悩む学生さんは多いけれど、就職活動の時期になっても見つからないなら、どこでもいいから飛び込んでみるのが大事だと僕は思います。どんな仕事でも、一生懸命やってみれば、手土産ができるから。僕なんて何も考えずに印刷会社に就職したのに、当時身につけた知識が今もフルに役立っていますからね。パンフレットを1万部印刷するという時に、どのくらい費用がかかるかぱっと数字が頭に浮かぶし、どうすればキットの印刷コストを抑えられるかもわかる。本当にムダな経験なんて何もないなと思います。

 

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INFORMATION

●2015年夏に開催される「リアル脱出ゲーム」の新作8公演を対象に、6月5日(金)〜9月30日(水)の118日間、キャンペーン「謎夏」を開催。対象公演の参加公演数に応じて応募者全員にスマートフォンアプリ「人狼村からの脱出」などのプレゼントが用意されている。さらにダブルチャンスとして、応募者の中から抽選で限定商品も当たる。

特設サイト:http://realdgame.jp/nazonatsu2015/

●全国に15店舗ある常設会場ではほぼ毎日公演が開催されている。2015年6月にオープンした常設会場「アジトオブスクラップ浅草」では、お化け屋敷プロデューサー・五味弘文氏とコラボレートした「お化け屋敷」で行うリアル脱出ゲーム「かくれ鬼の家からの脱出」と、謎解きに言語の必要がなく、外国人とも楽しめる「ESCAPE from The RED ROOM」を開催中。

http://realdgame.jp/ajito/

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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