万城目 学さん(小説家)の「仕事とは?」

まきめまなぶ・1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。化学繊維会社勤務を経て2006年に第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。続く『鹿男あをによし』がテレビドラマ化・第137回直木賞候補、『プリンセス・トヨトミ』が映画化・第141回直木賞候補、『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で第143回直木賞候補、『偉大なる、しゅららぼん』が映画化、『とっぴんぱらりの風太郎』で第150回直木賞候補、『悟浄出立』で第152回直木賞候補、第5回山田風太郎賞候補となる。その他の著書に『ホルモー六景』、エッセイ集に『ザ・万歩計』『ザ・万遊記』『ザ・万字固め』、門井慶喜氏との共著に『ぼくらの近代建築デラックス!』がある。

ずっと書き続けなければいけない。新人賞の喜びも束の間、現実を突きつけられた

大学3年生の時にふと思い立って小説を書き始め、1年かけて長編を完成させたものの、自分には食べていけるほどの技量がまだないということはわかっていました。ただ、この先書き続けていけば、ひょっとしたらモノになるかもしれないという期待なのか、思い込みなのか、予感めいたものもあって。その予感を心の中で生き延びさせるにためにも、まずは食べていく必要がある。ですから、「とりあえず就職しよう」というのは僕にとってごく自然な選択でした。

ただし、僕が就職活動をした1999年から2000年にかけてはいわゆる就職氷河期。いい加減な気持ちで応募して採用してくれる企業があるとは思えませんでしたから、就活は一生懸命やりました。最初はよくわからず、知名度の高い企業に応募していましたが、途中で気づいた僕なりの会社選びのポイントは「川上・川下の法則」です。製品の製造工程を川の流れに例えて原料を提供する業種を「川上産業」、最終製品を作って販売する業種を「川下産業」と呼ぶことがありますが、CMをたくさん放映している企業はたいてい「川下」。消費者に直接アプローチする業種なので、営業職が主力として活躍し、華やかな仕事ぶりが会社案内にも取り上げられているんですね。そこに魅力を感じる人も多いと思いますが、僕は社交的なタイプではないので、「川下は自分には合わない」と判断。そこで「川上」の企業に目を向けたところ、興味深い会社がたくさんあると驚きました。誰も使い方がわからない原料を加工し、世の中の役に立つ形にしていく「川上」の仕事は工夫のしがいがあっていいなと思い、企画関連の職種を希望して化学繊維メーカーに就職したんです。

ところが、入社後に配属されたのは、静岡工場の経理職。適性検査の結果が反映されたそうです。最初は不可解な思いでしたが、やってみると、知らなかったことを学ぶのが新鮮で仕事が面白いんですよ。細かい業務が意外と好きな自分にも気づき、「適性検査もあながち間違っていない」と感心しました(笑)。入社後しばらくは忙しくて小説は書けないだろうと覚悟していたのですが、比較的のんびりした職場で帰宅後に小説を書く時間もあり、結果的には学生時代に思い描いていた通りの毎日でした。

経理の仕事を続けるか、退職して小説家を目指すか。選択を迫られたのは入社2年がたったころ。東京本社への異動の時期でした。異動すれば、社内でも残業の多い部署に所属することになり、小説は書けなくなる。それまでも会社と執筆を両立する難しさは感じており、退職を決めました。デビューの見込みはまったくありませんでしたが、一度思いっ切り書いてみないとあきらめる決心もつかないと考えたんです。生活の不安がなかったわけではありません。でも、まだ26歳でしたからね。2年を期限にやってみて、ダメなら再就職するつもりでした。

退職後は上京。作品を書いては新人賞に応募しましたが、落選を繰り返しました。最初はのんびり構えていましたが、1次選考さえ通らないままあっという間に2年。貯金も底をついて追い込まれ、再び経理の仕事に就くことも考えて資格の専門学校にも週3回通いました。そんな中、「これで最後にしよう」という覚悟で趣向を180度変えて書いたのが、デビュー作となる『鴨川ホルモー』です。それまでの僕は純文学志望で、自分が読んできた小難しい小説を薄めたような作品を書いていました。小説というのは真面目な話にしないといけないと思い込んでいたんですね。でも、2年もやって1次選考に通らないということは、路線を変えた方がいいんじゃないかなと考えて、エンタテインメントとしても楽しめる作品を書いたんです。

僕としては泣く泣く純文学をあきらめたのですが、書いてみると楽しいんですよ。小ネタがどんどん思い浮かんで、筆も進むし。実は最初に応募した賞には落ちたのですが、「この作品が1次選考で落ちるのは納得いかない」と別の賞に応募したところ、デビューにつながりました。僕は普段から変わったことを考えるのが好きなので、応募前に『鴨川ホルモー』を読んでもらった友人からは「いかにもお前らしい」と言われましたが、自分のそういうところが小説で生きるとは思ってもみませんでした。経理の仕事もそうでしたが、やってみると意外と自分に合っていたということもあるものかもしれないですね。

受賞が決まった時はもちろん喜びました。でも、手放しで喜んだのは30分くらい。小説家としてやっていくにはずっと書き続けなければいけないということに気づいて、これは大変だと思いました。『鴨川ホルモー』を書き上げた時には、自分としては黄金の一発を打ったような気がしていたんですよ。それ以上のものを書き続けることができるのか。これがプロとして小説を書くということなんだと現実を突きつけられる思いでした。

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小説を書くのは孤独な作業。結果を誰のせいにもできない

日本の文学新人賞の多くは出版社が主催していますが、『鴨川ホルモー』が受賞した新人賞は著作権エージェントによるもの。受賞者はそのエージェントに所属する契約をして本を出版します。応募する時にはさほど気に留めていなかったのですが、これは僕にとって幸いでした。出版社の新人賞を受賞して本を出すと、たいていの作家はフリーランスの状態。出版業界のことも文芸界のこともよくわからないまま、次にどんな作品を描き、どの出版社から本を出すかをひとりで決めていかなければいけません。ところが、僕の場合はエージェントの担当者がコーチのようにつき、アドバイスをもらいながら作家としてのキャリアをスタートすることができたんです。

例えば、僕は長編で力を発揮するタイプですが、自分では意識していませんでした。デビューが決まった時にエージェントの担当者から「あなたは長編を書いた方がいい。短編の依頼はしばらく受けず、1年くらいかけてデビュー作以上のクオリティのものを書きましょう」と言われ、長編にじっくり取り組む環境を作ってもらえたから、気づけたんです。デビューしたばかりの作家には短編の依頼が多いもの。僕がエージェントに所属していなかったら、出版社から言われるままに短編の締め切りに追われ、自分の長所に気づかないまま消えていった可能性も大いにあったと思います。

作品についてもエージェントからアドバイスをもらっていました。これがなかなか手厳しくて(笑)。でも、エージェントの担当者は編集者として経験を積み、批評眼も確かな人だったので、信頼していました。彼に「面白い」と言われるよう作品をブラッシュアップすることが励みでもありました。デビュー6年目に独立しましたが、理由は作品の客観的な判断をある程度自分でできるようになったからです。それができるようになったのは、エージェントのもとで学ばせてもらったおかげ。小説家というのはデビューしたからといっていきなり一人前にはなれません。たまたまそこに潜り込めただけで、何も知らないんです。あらゆる職種で同じことが言えると思いますが、やはり数年腰を据えて経験を積むということが大事だと思います。

小説を書くというのは孤独な作業なので、うまくいかないと、誰かのせいにしたくなることもあります。「スケジュールが短すぎる」とか「編集者が言ったあの言葉のせいでこうなった」なんて理由をつけて(笑)。でも、なんだかんだ言っても書くのは自分で、結果を誰のせいにもできない。だから、小説というのは誰かのためにではなく、自分のために書くものだと思っています。もちろん、読者を面白がらせたいという思いはありますが、書くのは他人のためじゃない。自分が納得できるものを日々書き続けていきたいです。

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INFORMATION

最新作『バベル九朔』(KADOKAWA /税抜き1600円)は万城目さん初の「自伝的小説」。会社を辞め、作家を目指しながら雑居ビルの管理人を務める主人公の前に、ある日、全身黒ずくめの「カラス女」が現れ問うてきた…「扉はどこ? バベルは壊れかけている」。虚実が交錯する壮大なエンタテインメント小説であり、夢とは、才能とは何かを問いかける青春小説としても読ませる一作。

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取材・文/泉彩子 撮影/臼田尚史

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