Michael Booth・1971年、英国サセックス生まれ。トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト。2010年「ギルド・オブ・フードライター賞」受賞。パリの有名料理学校ル・コルドン・ブルーで1年間修業、ミシュラン三つ星レストラン「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」での経験をつづった”Sacre Cordon Bleu”はBBCの番組と『Time Out』で週間ベストセラーに。日本では『英国一家、日本を食べる』が販売部数14万部を超えている。現在は妻と2人の息子とデンマークに在住。日本で発行されている著書に『英国一家、日本を食べる』『英国一家、ますます日本を食べる』(いずれも亜紀書房)、『英国一家、フランスを食べる』(飛鳥新社)、『英国一家、インドで危機一髪』『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸福なのか?』(角川書店)。
前編では最近の仕事への思いや、「幸せになる仕事選び」のために大事なことをうかがいました。
後編ではジャーナリストの仕事の面白さや、取材を通して出会った人たちから学んだことをお話しいただきます。
取材相手から興味深いひと言を引き出せた時、大きな喜びを感じる
-文章を書くことは子どものころから好きだったのですか?
僕がジャーナリストとして仕事をしているのは、書くこと以外に何の技術も持っていないから。ものを書く仕事をしている人にはふたつのタイプがいると思うんです。書くことが大好きで、たとえ出版のあてがなくてもどんどん書くタイプと、書くことそのものにはあまり喜びを感じず、書きあがった本を眺めるのが好きなタイプ。僕は後者。書くのにすごく苦労しますし、正直、つらくてやってられません。
-それでも書くのはなぜですか?
書くのが苦手だからこそ、書き上がった時はすごく充実感があります。その瞬間のために書いているのかもしれません。それに、取材でいろいろな人の話を聞いたり、物事を体験したりといった書くことにまつわることは刺激的で、書くということ以外は自分の仕事がすごく好きなんです。
-ジャーナリストとして最も喜びを感じる瞬間は?
10年に1度くらいですが、賞をもらった時でしょうか。それは冗談ですが、「割といいものが描けたんじゃないかな」と思えた時はすごくうれしいですね。また、インタビューをしていて相手がすごく面白かったり、興味深いひと言を発してくれた時は内心小躍りします。聞いて良かった、この仕事をしていて良かったと思いますね。取材後にテープ起こし(取材の録音を聞いて、文字に起こすこと)をしていると、いいフレーズというのは飛び出して見えるんです。テープ起こしも退屈であまり好きではないのですが、そういうフレーズを見ると、報われたと感じます。
日本の職人さんたちから学んだ、仕事の極意
-次回作について教えていただけますか?
「The Meaning of Rice」(邦題未定で、直訳では「米というものの持つ意味」。“Rice”と“Life”をかけている)というタイトルで、食にまつわる日本の職人さんたちを取材した本を書き上げたばかりです。日本全国を巡ってたくさんの職人さんに会ったのですが、彼らの仕事への姿勢に心を打たれました。例えば、佐賀県の工房でお話をうかがった有田焼の職人さん。有田焼の職人として一人前になるには10年かかりますが、その間は自分のやりたいことやエゴを捨てて、技術を磨くことだけに専念したと聞き、「自分にはとてもできない。すごいな」と尊敬しました。東京で名店と呼ばれるお寿司屋さんの料理長や、地元で愛されるお餅屋さんの餅職人さんも、長い間、鍛錬を積み重ねてきたからこそ、名声を得ている。「これは」という仕事に向かい合い、より良いものを作りたいと一生懸命やれば、名声や富は後でついてくるのだと思います。僕自身も彼らのように仕事をしていけたらと憧れます。職人さんもジャーナリストもお金はあまり稼げない職種ですが(笑)。
学生へのメッセージ
社会に出たら、一日のかなりの時間を仕事に費やします。もし、「こんな仕事、やりたくない」と思い続けてその時間を過ごすことになったら、悲劇です。人生は一度だけなので、好きじゃないことを無理にやってはいけません。得意なことを見つけ、それを伸ばすことで人は社会に貢献できます。だから、ぜひ学生のうちにいろいろなことを経験して、自分が何を得意とするのか、何をやりたいのかを見つけてもらえたらと思います。ただし、僕が知る限り、「常に幸せを感じられる仕事」というものが世の中にあるとは考えられません。仕事がつらいときもあるのが現実でしょう。そんなとき、一日を台無しにしないために効果的なのは、日常の中にささやかな幸せを見つけておくこと。例えば、私は毎朝紅茶を入れて飲むのですが、その瞬間に一番の幸せを感じます。そうやって精神を健康に保つことも、仕事を続けていくために大事ではないでしょうか。
ブースさんにとって仕事とは?
−その1 仕事選びで大事なのは、自分が心地よく働ける条件を決めること
−その2 苦労もあるが、「いいものを書けた」と思えた時はすごくうれしい
−その3 よりいいものを作るために鍛錬を積み重ねれば、名声や富は後でついてくる
INFORMATION
2014年にイギリスで発行されて話題になり、オバマ大統領のホワイトハウスの晩餐会スピーチにも引用された著書の日本語版『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』(角川書店/2200円+税)。高齢化、社会保障、移民、格差、地方衰退など北欧諸国も日本と同じ問題を抱えているにもかかわらず、2012年に国連が発表した「世界幸福度レポート」では北欧諸国が上位を占めている。その理由は!? デンマーク人女性と結婚し、コペンハーゲンに住むブースさんが北欧5カ国を丹念に取材して「北欧の真実」に迫る。
編集後記
OECD(経済協力開発機構)の2012年の調査によると、日本の年間平均労働時間が1746時間にのぼるのに対し、ブースさんが暮らすデンマークは1526時間。「デンマークの人たちも仕事は一生懸命やりますが、無理をして働くことはしません」とブースさんは言います。日本で起きている「過労死」や、仕事のストレスによる自殺といった労働問題について意見を求めると、「北欧の人の多くは『そこそこ快適な暮らしを支えるために、必要最低限の時間を仕事にあてる』という姿勢なので、日本でなぜそのような問題が起きるのか、理解できない人がほとんどではないでしょうか。私自身は仕事に対する責任やプレッシャーの重みはわかっているつもりですが、軽々しく論じることはできません。仕事によって人生を犠牲にするというのは悲劇だとしか言えないですね」と答えてくれました。無責任な言葉を発しない姿勢にジャーナリストとしての高いプロ意識を感じました。(編集担当I)
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康