やじまひかる・1990年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。在学中に『週刊モーニング』主催の「MANGA OPEN」(現「THE GATE」)で奨励賞を受賞。2012年、株式会社サイバーエージェントに入社。フロントエンジニアとしてアメーバピグの運営に携わる。15年に退職し、専業漫画家に。新潮社のWebマガジン『ROLA』にて連載中(2017年3月現在)の『彼女のいる彼氏』が注目され、書籍化もされている。
前編では大手Web系企業を退職し、初の連載漫画が軌道に乗るまでの経緯をお話しいただきました。
後編では作品中のリアルな仕事描写の秘密や、漫画家として大切にしていることをうかがいます。
会社員時代に感じていた仕事の面白さや難しさをきちんと表現したい
-『彼女のいる彼氏』では、デザイナーやエンジニア、広告プランナーなどWeb業界の仕事がリアルに描かれていますね。
現場で仕事をしている友人や知人に話を聞いて、ディテールにうそがないように描くようにしています。ただ、軸にしているのは、私自身が会社員時代にその職種の人たちに感じていた憧れや、感謝の気持ち。そうすることで、それぞれの仕事のキラキラしたところや「ここが難しいからこそ、クリアできるのはすごい」というところをきちんと表現したくて。「デザイナーさんって、色や構図のセンスに憧れるな」とか「広告プランナーさんの周りを巻き込んでいく力ってすごいなあ」とか、自分の記憶をたどりながら描いています。
正直なところ、会社員時代は屈折した思いもありました。「広告プランナーさんって華やかで、ちょっと近づきがたいな」とか。あと、どんなに仕事が忙しくてもきちんとお化粧をして、笑顔を忘れない「キラキラ女子」というのが、世の中には本当にいるんですよ(笑)。私自身は「キラキラ女子」ではなかったので、彼女たちに対するコンプレックスがあって、作品でも最初はどう描いていいのかわかりませんでした。その時に編集者さんから「キラキラ女子に対してコンプレックスを持ったままでは描けないよ。まっすぐに彼女たちを見てごらん」と言われて。その通りにしてみたら、「どんな時も笑顔でチームを盛り上げるなんて、簡単にはできない。キラキラ女子の皆さんの努力ってすごいな」と気づき、自分が抱いていたコンプレックスも含めて職場の「キラキラ女子」を「描ける」と思えたんです。経験を基に描くというのは、自分が見たり感じたことをそのまま表現するのではなく、客観的に見つめること。そう学んでから、描くことがより面白くなりました。
「自分が何を描きたいか」は関係ない。読者のことだけを考えればいい
-漫画家として大切にしていることは?
読者のためだけに描く。それに尽きます。雑誌『週刊モーニング』で初めて入賞した時に審査員だった東村アキコ先生から、「あなたが何を描きたいかは関係ない。読者のために描けばいい」という叱咤(しった)激励の言葉を頂いたのですが、描けば描くほど本当にそうだなと実感していて。漫画家に限らず、社会に出ると、自分の思いを貫けることはそうそうない気がするんです。貫けないからこそ、自分が社会に向けてできることを探して、それに対して反応が返ってくる喜びがわかる。角が取れて、社会になじんでいく。それは学生時代には何だかカッコ悪いことに見えたけれど、今はすごく素敵だなと感じています。だから、漫画を描くことを通して、だんだん社会になじんでいこうというふうに思います。
学生へのメッセージ
私がサイバーエージェントに入社したきっかけは、大学3年生の時に参加したインターンシップでした。職場の雰囲気になじんで、「なんて楽しい会社なんだろう」と。「就職するなら、ここしかないな」と思い、第1志望一本で応募して採用されました。たくさんの会社を訪問したわけではないので、偉そうなことは何も言えないのですが、会社選びというのは恋愛と似ているなと思っていて。学生時代の友人たちを見ていても、「ここは合うな」「絶対にうまくいく!」という直感は意外と外れない気がするんです。気になる企業があったら、インターンシップや説明会などを積極的に活用して社風に触れ、素直な感覚を働かせて、水が合うかどうかを判断することも大事だと思いますよ。
矢島さんにとって仕事とは?
−その1 退路を絶ち、必死にならざるを得ない状況を作ることで成長できた
−その2 「一緒に天下を取ろう!」というような熱い思いが人を動かす
−その3 「自分が何をしたいか」ではなく、「社会に対して何をできるか」を考える
INFORMATION
『彼女のいる彼氏』2巻(新潮社/税込799円)。Web系大手企業・サイダージャパンで働く入社4年目のUIデザイナー・咲。自分の実力のなさに悩む咲は、見守ってくれる同期・徳永への恋を自覚したばかり。ところが、後輩クリエイターから、突然のアプローチが…!! Web連載にて爆発的人気を博した第11回『恋するフォーチュンナイト』を収録。
編集後記
インタビュー中、「いい出会いも、ダメな出会いも自分自身が引き寄せている」と語ってくれた矢島さん。仕事を通して身についた考え方かと思いきや、「実は、恋愛で学んだんです」。「後ろ向きなことばかり考えていたり、誰かをうらやんだり、『私ってダメダメだな』と思っている時には、ダメな男性が寄ってくる。そうか、自分が引き寄せているんだなとある時気づいたんです。仕事にも同じことが言えるなと思って、『じゃあ、自分が変わればいいんだ。よっしゃ! 引き寄せるぞ』と思って」とニッコリ。自然体でおっとりした口調と、野心的な言葉のギャップが魅力的な方でした。(編集担当I)
取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子