ミクロな素粒子から宇宙の謎を解き明かす
-石原さんが研究されている「ニュートリノ天文学」とは?
素粒子の一種「ニュートリノ」を使って、宇宙における目には見えない領域を探る学問です。素粒子というのは物質の最小単位で、ニュートリノの大きさは1億分の1センチメートルのさらに1億分の1。たいていのものを通り抜け、磁場の影響も受けずにまっすぐ飛ぶので、発生源の天体の情報をほとんどそのまま持っているのがポイント。地球にやって来るミクロな素粒子・ニュートリノを観察すれば、どんな高性能な光学望遠鏡でも見えない遠くの宇宙のことを知る大きな手掛かりとなります。
ニュートリノは常に私たちの体を通り抜けている身近な存在なのですが、極めて小さいので、捕まえるのはとても大変です。特に太陽系以外の天体で生まれたニュートリノの観測は長らく「不可能」とされてきました。その「不可能」を「可能」にしたのが、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生です。小柴先生は巨大水槽を使った観測装置「カミオカンデ」で、地球から16万光年離れた大マゼラン星雲で起きた超新星爆発(※1)で放出されたニュートリノを1987年2月に検出。ニュートリノによって宇宙について知ることができると実証され、「ニュートリノ天文学」の扉が開かれました。ただ、1987年の「カミオカンデ」以来、太陽系以外からのニュートリノの検出はできていなかったんです。
(※1) 太陽の8倍以上の質量を持つ恒星が、その一生を終える時に起こす大爆発。
-そんな中、石原さんは2012年4月に南極の国際共同ニュートリノ観測施設「IceCube(アイス・キューブ)」の中心メンバーとして宇宙からの超高エネルギーニュートリノの検出に世界で初めて 成功されました。
この時に見つかったニュートリノのエネルギーは、可視光の100兆倍。「カミオカンデ」で30年前に観測された超新星爆発によるニュートリノの約1000万倍の大きさでした。星の大爆発よりも大きいエネルギーというのはなかなか作られないので、数少ない高エネルギーニュートリノをつかまえるにはたくさんのわなを仕掛けるしかありません。そこで、思いつく限り大きいものを作ろうと建設されたのが「IceCube」です。南極の氷床1万立方キロメートルに深さ約2.5キロの穴を86個開け、それぞれの穴にセンサーを60個埋めたもので、総容積は「カミオカンデ」の約20万倍あります。
宇宙からの高エネルギーニュートリノを観測できたというのは、物質を可視光の100兆倍のエネルギーに加速する「エンジン」のようなものがどこかにあることを示しています。この「エンジン」について解明していけば、宇宙の起源とされているビッグバン(※2)の謎にも迫れるかもしれません。見えないものを探り、未知を知るのが「ニュートリノ天文学」。その研究には、私にとって宇宙を旅するような冒険の喜びがあります。
(※2) 宇宙の始まりにあったとされる、高密度・高エネルギーの状態のこと。
「3度目の正直」で「一番乗り」に成功
-石原さんは「IceCube」の完成以前から実験に参加されているとうかがいました。
「IceCube」が完成したのは2010年ですが、2004年末に建設が始まり、できた穴から少しずつ運用を始めていました。私は米国の大学院の博士課程を修了した翌年、2005年から参加しています。「IceCube」が最初の就職先なんです。
-2010年の「IceCube」完成からの2年間は、思うような観測結果が出なかったそうですね。
高エネルギーニュートリノが簡単に捕らえられるとは予想していませんでしたが、「IceCube」は12カ国300名の科学者が建設途中から長い時間をかけて進めてきた大プロジェクト。完成直後は研究の進展への期待が高まっていただけに、結果が出ない時期が続くと、みんな少しずつ弱気になっていきました。観測モニターがこれまで見たことのないパターンで明るくなり、超高エネルギーニュートリノが2つ飛んできたことを示す信号が飛び込んできたのはそんな時です。そこで、2010年5月から2年間のデータを解析し、この2つのニュートリノよりも少しだけ低いエネルギーの範囲を再確認してみると、26の高エネルギーニュートリノが見つかりました。間違いがないか何日もかけて検証を繰り返し、かねてからの予測を実証できた日の感動は忘れられません。
「IceCube」の観測データは2年に1度の頻度で精査し、その反省を踏まえて新たな予測を立て、次の解析に入ります。解析はたいてい若手が担当し、大学院生が博士課程の論文を書くために一度やって終わりということが多いのですが、私は結構しつこくて(笑)。2012年の解析は文字通り「3度目の正直」でした。高エネルギーニュートリノの検出は時間の問題でしたが、誰よりも早く正確な検証ができたのは過去2回の経験によるところもありました。結果が出ないからといってあきらめず、挑戦し続けて良かったと思っています。
自問自答を繰り返さないと、研究は前に進まない
-最終的には結果が出たわけですが、その保証はなかったはずです。あきらめなかったのはなぜですか?
基本的に何が起きても、「何とかなる」と考える癖がついているんです。何とかならなかったとしても、「何とかしよう」と(笑)。もちろん、結果が出なかった時にはすごくがっかりします。ただ、研究者というのはいい結果ばかりを出し続けている人はいなくて、どんなに偉大な功績を残した研究者もそのキャリアのほとんどは「失敗」の日々なんですよね。だから、自分の研究について「方向性が正しいのか」「方法は正しいのか」「やり遂げる能力が自分にあるのか」と自問自答を繰り返す。これは大学院生からシニアの教授まですべての研究者に共通していて、自問自答をしないと研究は前に進みません。
そこで思い悩んでしまうと、生きるか死ぬかという深刻な問題になります。実際、身近にノイローゼになった研究者もいたので、物事を楽観的に考えることの大事さを感じ、自分をコントロールしているところも私にはありますね。一番大切なのは、自分が健康に、幸せに生きていくこと。それがあった上での研究生活だということは自分に言い聞かせてやっていくようにしています。
後編では物理学者になった経緯や次世代の研究者たちへの思いをお話しいただきます。
(後編 1月31日更新予定)
INFORMATION
石原さんが所属する「千葉大学大学院理学研究院附属 ハドロン宇宙国際研究センター」のWebサイト(http://www.icehap.chiba-u.jp)。「IceCube」実験の情報のほか、南極での研究員の生活を紹介したページもあり、読み物としても楽しめる。
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康