女子大生社長の父・椎木隆太が娘に伝えたかった「行動した方が人生は楽しい」とは?

しいきりゅうた・1966年静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。91年4月ソニー株式会社入社。シンガポール、ベトナム駐在などを経て2001年退社。同年、有限会社パサニア(現株式会社ディー・エル・イー)創業、代表取締役就任。『秘密結社 鷹の爪』『パンパカパンツ』などをヒットさせ、14年3月東証マザーズに上場。15年6月には「東京ガールズコレクション」を買収し、株式会社TOKYO GIRLS COLLECTION設立、代表取締役就任。

新卒でソニーに入社。「就職=会社の奴隷になる」というイメージだった

「会社を設立したい」と娘が言い出したのは、彼女が中学3年生の時。ひとりで法務局に行って会社の登記についても調べたと聞き、「これは本気だな」と判断して行政書士さんを紹介しました。後は手出しをしないようにしてきましたが、たまに相談には乗ります。僕は会社を作って15年になりますから、経営の先輩として彼女の話を聞くと、もちろん未熟なところばかりですよ。起業するということで最初にビジネスプランを聞いた時も正直、「たいしたアイデアじゃないな」と(笑)。結局、彼女が立ち上げた起業サイトに書かれていたのは「ビジネスモデル考え中」。賛否両論あると思いますが、僕だって社会に出た時は、自分が何をしたいのかはっきりしていなかった。「完璧なビジネルモデルがなければ起業してはいけない」なんてことはないはずなんです。

娘は転んでもどんどん前に進んでいくタイプですが、僕はもうちょっと慎重な若者だったかも。静岡県磐田市で生まれ育ち、父方は大正から続く写真館を営むなど芸術系一家で、母方は医師の家系。近所の人たちも自営業が多く、僕にとって会社員は「空想の生き物」でした。そんな環境でしたから、自然といつかは自分も起業するものと思っていましたが、東京での学生生活を満喫しまくり、気がついたら就職活動の時期。大学2年生の時にアメリカに留学し、何となく「世界を相手に仕事がしたい」とは思っていましたが、明確なやりたいこともなければ、何の資格もありませんでした。

さすがに丸腰で世界を相手にはできないと、まずは企業に就職することにしたのですが、憂鬱(ゆううつ)でしたね。故郷の大人たちから「会社員は大変だよ。自由がなくて」と聞かされて育ちましたし、当時は封建的な会社が今よりも多い時代でしたから、「就職=会社の奴隷になる」というネガティブなイメージ。それでも、数年企業で我慢して修業すれば、起業のネタも見つかるかもしれない。「どこなら、俺は我慢して修業できるだろう」と考えて、思い浮かんだのが、当時のスター経営者・盛田昭夫さん率いるソニー。幸運にも入社が決まりましたが、それでも僕の意識は「修業」。会社で働くことには何の夢もありませんでした。

ところが、入社してみたら、何もかもが新鮮で面白かった。というのも、学生時代の僕は会社にたくさんの職種があることすらよくわかっていなかったんです。入社してみたら、営業や商品開発、マーケティングといった仕事もあれば、工場の生産管理、経理もある。どんな仕事をするにせよ、ダイナミックで、ほかの部署や外注先との連携が必要で、すべてが人と人とのコミュニケーションで成り立っているとわかり、「めちゃくちゃ楽しいじゃん」と思いました。

しかも、入社2年目にシンガポール駐在が決まりましてね。ソニー商品を海外に売り込むマーケティングの仕事で、守備範囲は南アジア、インドからアフリカまで。そこそこ実績も残せ、入社5年目には支社長としてベトナム・ハノイへ。支社長と言っても、最初は僕ひとり。オフィス探しやスタッフの採用から始めて、ショールームを作ったり、販路の開拓、政府との折衝と支社立ち上げのためのありとあらゆることをやりました。まるで、真っ白なキャンバスに「お前が『ソニーはこれだ』と思う絵を自由に描け!」と言われているようなもの。創業者の盛田さんだったらどうするだろうかということを常に思い描きながら、仕事をしていました。

たったひとりで始めたのに、現地スタッフが育ち、販路も広がり、業績もどんどん上がって。自分の発想で熱狂が生まれ、仲間ができていくというのがあまりに楽しく、「仕事の面白さって、これだよな。やっぱり、自分には起業が向いている」と思いました。ただ、その時はまだ「自分はこれで勝てる」と言い切れるものがなく、踏み切らないまま30歳で帰国。ありがたいことに、日本に帰る前に会社から「次は何をやりたいですか?」と聞かれましてね。ずっとハードウェアをやってきて、新しいものが見たいという思いがあり、当時、ソニーグループ内で注目されていたエンタテインメント事業の部署を希望したところ、アニメをやることになったんです。配属先はソニーピクチャーズにできたばかりだったアニメ関連の部署。立ち上げメンバーとしてハリウッドに本社のある傘下の「コロンビア・ピクチャーズ」と連携し、日本のアニメを世界に発信していくビジネスを立ち上げるのが僕に与えられた使命でした。

僕はそれまでアニメをほとんど観たことがなく、興味もありませんでした。ところが、アニメの仕事にかかわってみると、ビジネスとして大きな可能性を感じました。アニメは世界に市場があるし、エンタテインメント業界は会社のブランド力よりも個人の信頼関係がモノを言う世界。僕は世界中に影響力のあるようなダイナミックな仕事に魅力を感じていたし、自分の強みと言えば人とのコミュニケーション能力だと思っていたので、「これで起業しよう。これ以上のものは自分にはないんじゃないか」と独立を決めました。

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34歳で起業。ひとりでは何もできないと気づいた

のちに「株式会社ディー・エル・イー」となる「有限会社パサニア(椎の木)」を設立したのは34歳の時。順風満帆な会社員時代を送り、「俺ってすごいんじゃないか?」と勘違いしていたんですね。何たって、自分の名を会社名につけちゃうくらいですから(笑)。ところが、最初に手がけた事業はものの見事に失敗。海外に週刊漫画を売り込んで、日本の漫画を普及させるというビジネルモデルでした。出版社やゲーム会社と組んで合弁会社を作り、全財産をつぎ込んだのに、力を発揮できず、突然の解任。その後は3年間ほど権利ビジネスで食いつなぎました。日本の作品を海外に売り込む仕事で、会社員時代にやっていた仕事の下請けみたいなものです。自分は世の中に新しい価値を生み出したくて起業したのに、家族を養うために目先の仕事をするだけで手いっぱい。自分はちっぽけだと思い知りました。

風向きが変わってきたのは、ひとりでは何もできないと気づいて、どんなに小さな仕事でも心からありがたいと感じて全力でやるようになってから。会社名も自分の名ではないものにしなければと変えました。そのうちに「フラッシュアニメ」という低コストで作れるアニメがインターネットで発信されていて、すごい作品がたくさんあると聞いて、これは面白いと。もともと僕はエンタテイメント業界で成功するには権利元にならなければと思っていました。でも、漫画やアニメの作家が無名の会社に権利を譲るはずがない。一方、フラッシュアニメには才能のある作家がたくさんいるにもかかわらず、まだ業界としては確立されていませんでした。フラッシュアニメの作家さんたちに会社に帰属してもらい、世の中に作品を広めていけば、新しいビジネスを作れると考えたんです。

そんな時に出会ったのが、のちにパートナーとして『秘密結社 鷹の爪』を一緒に生み出した「FROGMAN(フロッグマン)」。彼は当時「蛙男商会」という名で作品を売り込んでいましたが、うまくいかなくて限界を感じており、僕は作品を売り込むためのノウハウは持っているけれど、作品を作れない。お互いの力を合わせて、従来よりも低コストのアニメシリーズをテレビに持ち込むことができ、少しずつビジネスが回っていくようになりました。

その後は『鷹の爪』が映画化されたり、静岡放送と共同開発したキャラクター「パンパカパンツ」がヒットしたりして2014年には念願のマザーズ上場も果たしましたが、うまくいかなかったことも数知れず。エンタテインメント業界は特にそうなのかもしれませんが、ビジネスはどんなに綿密に計画を立てても、成功するかどうかはやってみないとわかりません。ところが、若い人たちを見ていると、この「やってみる」という力が弱い気がするんです。中学生だった娘に僕が起業を勧めたのは、失敗を怖がらずに行動することの大切さを伝えたかったから。きっかけは何でもいい。行動することで、自分の意思だけでは出合えないものに出合えます。行動した方が人生は楽しい。仕事も同じだと思いますよ。

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INFORMATION

椎木さんと娘の里佳さんの対談『女子高生社長、経営を学ぶ』(ダイヤモンド社/税抜き1300円)。『サンデー・ジャポン』『人生が変わる1分間の深イイ話』などに出演し、「女子高生社長」として注目を浴びた里佳さんに、社会人の先輩として起業までの失敗や大変だったこと、喜びや悲しみについて語っている。親子だから語られるリアルな話も掲載されており、実践的に「経営とは何か」「仕事とは何か」を学べる一冊。

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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