女性のキャリアは、男性にとって「他人事」ではない
-白河さんは大学の客員教授や、2012年から続けている「産む×働くの授業 仕事、結婚、出産、子育て、学生のためのライフプランニング講座」などの出張授業を通して、さまざまな学生と日常的にお会いになっていますよね。学生の「仕事」や「働くこと」への意識について、何かお感じになっていることはありますか?
社会全体の「女性活躍」の機運が高まってきた影響もあって、女子学生の皆さんの「働くこと」への意識はここ数年でずいぶん変化してきました。「長く働きたい」「長く働くことになるんだろうな」と考える人は多いですし、「働くからには、活躍したい」という意欲を見せる人も増えてきています。最近、優秀な女子学生からよく聞くのは「両立は当たり前で、マミートラックに入りたくない」という言葉。「マミートラック」というのは育児休暇から復帰後に仕事の量ではなく質的なキャリアダウン、昇進できないポジションに固定された女性が働くモチベーションを失ってしまう現象のことですが、よく勉強しているなあと感心しました。
ある有名私立大学の女子学生へのアンケートでは、約7割は「働き続けたい」と考えており、そのうち「バリキャリで一生働く」が40パーセントでトップ。次が「ゆるキャリで細く長く」の26パーセントという結果になっています。次に「理想の結婚は?」と聞くと、「早く結婚して、早く産みたい!」が5割以上。独身希望は6パーセント、「子どもはいらない」は16パーセント。ところが、「実際はどうなりそうですか?」と聞くと、独身を希望する人が全体の18パーセントに増え、なんと「バリキャリ派」の45パーセントがそこに含まれます。
-仕事は頑張りたいし、結婚して子どもも持ちたい。でも、リアルには両立が思い描けないということですね。
これは皆さんの両親世代の影響が大きくて、アンケートに答えてくれた女子学生のお母さんの多くは専業主婦の時期があり、お父さんが家事を「まったくしていない」が最多。「手伝う程度」を合わせると8割です。これでは女子学生が結婚や出産と仕事の両立を「無理ゲー」と考えてしまうのも無理はありません。それでも、最近は就職活動に際して、カップルで両立について話し合っている人たちもいて頼もしいなあと思います。たいてい女性主導なのですが、男性にも相互理解の姿勢が見られ、二人の愛を感じますよね(笑)。
ただ、そういう例はまだ少数。結婚を意識するような相手がいる女子学生の中には、就職活動に当たって彼の転勤の可能性まで考えて仕事を選んだり、将来の心積もりをしたりする人も少なくありませんが、男子学生のほとんどは彼女のキャリアや、家事や育児との両立について何も考えていません。このすれ違いが原因で別れてしまったカップルも知っています。
-すれ違いが起きないためにはどうすればよいのでしょうか?
男性には、女性のキャリアも自分のキャリアと同じ価値があり、結婚したら夫婦で仕事と家庭を両立することになるかもしれないという感覚を持ってほしいなと思います。そのために、最近は「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」の内容で男性への発信も強めにしています。「妻が専業主婦になった場合」、「仕事を続けた場合」といったケース別に家計のシミュレーションを見せると、「これはヤバイ。共働きでないと、やっていけない」と皆さん、食い付くんですよ。「じゃあ、妻が働き続けられるようにするには家庭のことはどうする?」と問いかけると、「どうも俺もやることになるらしい」と(笑)。特に彼女のいる人は真剣に聞いていますね。でも、実は、彼女の有無は関係ないんですよ。今は育児中の社員がいない会社の方が珍しくなっています。入社したらすぐに、さまざまな制約の中で働く人たちと協働していくことになるのだから、チームで力を発揮していくためにも、「他人事」ではないということを覚えておいてほしいと思います。
「働き方」に目を向ければ、企業の将来性や職場の雰囲気も見えてくる
-男性も家事や育児をやるかもしれないとなると、会社や仕事選びの視点も少し変わりそうです。
男女問わず、長時間労働が当たり前になっていたり、仕事の「質」よりも「時間」で評価する風土のある会社だと、働き続けるのが難しいです。最近は電通の若手社員が過労から自殺した事件やヤマト運輸が総額約230億円の未払い残業代を支払ったというニュースなどの影響もあって、会社や仕事を選ぶ上で「働き方」も重視する学生さんが増えていて、いいことだと思います。
-白河さんはジャーナリストとして「働き方」についても多くの企業や専門家に取材をされていますね。志望企業の「働き方」はどうチェックすれば良いのでしょう?
まずは、長時間勤務是正の風土があるか、全社員にテレワーク制度やフレックスタイムなど柔軟な働き方を可能にする仕組みがあるか。この2つで、働きやすさはずいぶん違います。ただし、残業時間や制度を調べればいいという話ではありません。実際のところ、「働き方改革」でいきなり「定時に帰りなさい」と言われても仕事量は変わらず、サービス残業が増えただけだったり、テレワーク制度はあっても大半は使われないということも多くあります。大事なのは、その会社が経営課題として「働き方改革」に取り組み、人材や組織のあり方、ITへの投資戦略も含め、新しいビジネスモデルを生み出そうとしているかです。
逆に言えば、「働き方改革」ができている会社は、これまで「当たり前」とされてきたものを変えていくイノベーションを起こせる会社ということ。また、労働時間を短縮するには、現場の社員一人ひとりがチームで働き方を見直す必要があります。それがうまくいっているということは、チームの関係性の質が高いということです。必然的に職場にも活気があり、業績にもつながるという事例がたくさんあります。「働き方」に目を向ければ、家庭との両立のしやすさだけでなく、将来性や、職場の雰囲気も見えてくるんですよ。
女性の「結婚」、「出産」の問題は、「働き方」の問題とつながっている
-白河さんは2008年に出版された中央大学・山田昌弘さんとの共著『「婚活」時代』で「婚活ブーム」を起こすなど、女性の結婚や出産をメインのテーマとして発信をされてきました。「仕事」や「働き方」にも関心が広がったきっかけは?
女性の人生と働くことは切っても切れないもの。日本の多くの女性が希望通りに結婚や出産ができなくなっている理由は何だろうと探るうちに、女性の「仕事」や「働き方」、ひいては日本全体の「働き方」に原因があるという結論にたどり着かざるを得なかったんです。日本人の「働き方」が変わって、男性の育児参加があって、女性たちが子育て中もしっかり働けるようになれば、今や希少となりつつある「養ってくれる男性」を求めて結婚できなかったり、出産のタイミングを失うといったことも起こりにくくなります。
特に労働時間に目を向け企業取材をするうちに「働き方改革実現会議(※)」の委員となり、2016年9月から約半年間、月1回のペースで安倍総理はじめ閣僚の方に提言をする機会を頂きました。最近まであまり知られていなかったことですが、これまで日本には働く時間の「上限」を規制する法律がありませんでした。そのために日本における働く時間は、事故も起きれば、時には犠牲もある「制限速度のない高速道路」みたいなものだったんです。しかし、今回の会議によって初めて、政府の「実行計画」に「罰則付き時間外労働の上限規制」が盛り込まれました。法律が成立するかどうかは年初の国会の議論にかかっていますが、成立すれば、日本人の「働き方」を大きく変える可能性があります会議参加に当たっては、ファザーリング・ジャパンの安藤哲也さんや株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵さんなどと長時間労働撲滅プロジェクトを組んで、多くの協力を得て準備。会議での発言時間は毎回2分と短いものでしたが、私だけの力ではできない提言をすることができました
(※)2016年9月26日に内閣総理大臣決裁により設置された総理大臣の私的諮問機関。
「罰則付き時間外労働の上限規制」は、2016年初めには実現できるなんて予想もできませんでした。ところが、働き方改革がクローズアップされ、「当たり前」とされてきた長時間労働に対して「おかしいんじゃないか」と疑問を抱いた人たちが声を上げ、一歩ずつ行動することで、今は実現しようとしています。私が社会に出た1980年代初頭には当たり前だった「結婚退職」も今は少数派です。世の中の「当たり前」は変わっていく。今の「当たり前」は10年前の「当たり前」とは違います。そこに面白さを感じて取材をしたり、さまざまな活動をしています。
後編では「結婚」や「出産」といった女性のライフキャリアデザインをテーマに仕事をするようになった経緯や、仕事への思いをお話しいただきます。
(後編 1月17日更新予定)
INFORMATION
『御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社』(PHP新書/880円+税)。残業なしで、売上が倍増し、職場の雰囲気が良くなり、子育て社員がイキイキする。「働き方先進企業」のさまざまな実例を第一人者である白河さんが徹底解説。会社選びのガイドとしても役立つ一冊。
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康