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掲載日:2009年10月21日

Vol.10書道家 武田双雲

たけだそううん・1975年、熊本県生まれ。3歳より書道家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。東京理科大学理工学部情報学科卒業後、1998年NTT入社。2001年に書道家として独立。筆文字名刺のネットビジネスを経て、路上で書を書く「ストリート書道家」に。湘南を拠点に創作を続け、音楽家、彫刻家をはじめ様々なアーティストとのコラボレーションやフジロックフェスティバルのパフォーマンス書道など独自の活動で注目を集める。NHK大河ドラマ『天地人』、朝日新聞連載『縁』『家族』、明治製菓「じゃがまま」など幅広いメディアの題字を手がけるほか、テレビ東京『おはスタ』、日本テレビ『世界一受けたい授業』などテレビでも活躍。主宰する書道教室「ふたばの森」の門下生は250名を超える。著書に『たのしか』(ダイヤモンド社)、『しょぼん』『書本』(池田書店)、『書の道を行こう』(PHP研究所)などがある。

社会を自分が動かす。「志」を持ったとき、大きなエネルギーが生まれた

母が書道家で、子どもの頃から指導も受けていましたが、僕にとっては家庭の日常的な光景で、母の仕事に関心を持ったこともありませんでした。一目置くようになったのは、理系の大学を卒業してNTTに入社して2年目。久しぶりに帰省し、初めて社会人として母を客観的に見たときです。

当時の僕は法人営業をしていて、様々な人と会って刺激を受ける日々。学生時代はどこか人ごとだった「人間社会」を身近に感じ、その成り立ちを知りたいと、経済やITから歴史や哲学までそれまで見向きもしなかった本を貪るように読んでいました。ところが、いくら本を読んでも、人と話しても、さらに知りたいことが出てくる。「人間社会」の奥深さに気づき、その社会を作ってきた大人たちに尊敬の念を抱き始めた時期だったんですよね。そこで母の姿に目を留めると、自分の字というほかにはないものを商品にして、教室の生徒さんを笑顔にしている。自分の力で誰かに確かに影響を与えていることが、単純に言うと、カッコイイと思ったんです。

母ちゃんのようになりたいと思いました。僕も社会を動かす一人になりたいと。実際はそんなドラマチックなものではなくて、「俺も頑張ろう」と思っただけなんですけどね。それでも、「志」の芽のようなものを持ったとたん、スイッチが入って、僕のすべてがガラリと変わりました。受験も就職も周囲に流されて決め、自分の意思で物事を始めたことなんてなかったのに、「何かをやりたい」という爆発するようなエネルギーが湧いてきて。積極的に営業先に行ったり、新しい彼女ができたり。そんななかで、独立する先輩に「お前、字がキレイだから」と頼まれて、名刺に印刷する名前を筆文字で書いたら、評判がよくて。気をよくして在職中に筆文字名刺のネットビジネスを立ち上げたら、会社より楽しくなってしまったんです。今思えば、自分が生み出したものに対して、誰かが気持ちを動かしてくれる喜びにひたすらハマったんでしょうね。

25歳で会社を辞めましたが、ネットビジネスが軌道に乗っていたわけではないし、書道家になろうとも思っていなかったんですよ。ただ走り出したかっただけ。エンジン全開で「何でもいいから、何かやらせてくれ!」と叫んでいる感じでした。計画もなければ、逆にこだわりもない。ヒマだけはたっぷりあるから、思いつくことはすべてやるし、誰かから持ちかけられた話は速攻「YES!」なわけです。書道教室を開いたり、道行く人から頼まれた言葉を即興で書く「ストリート書道」など手当たり次第にいろんなことをやり、なんとか生計が立つようになったのは、独立して1年が過ぎた頃。3年目あたりから仕事量が増え、気がついたら、映画やドラマの題字を書かせていただいたり、様々なジャンルのアーティストとのパフォーマンス、本の出版やテレビ出演など仕事の幅も広がりました。

仕事が軌道に乗った理由を頑張って分析してみると、見返りを求めなくなったのが大きい気がします。独立した頃は、「儲けを出して、ビジネスとして成立させるには?」と悩んだこともあります。でも、頭がこんがらかっちゃって。「いっぱい人を幸せにするために、僕ができることは何だろう?」と考えるようになったら、依頼が舞い込むようになりました。で、僕は子どもの頃から「もらい上手」には自信があるんですけど、人からいただいたものは喜んで受け取る。感動であれ、お金であれ、リターンは喜んで受け取ると、相手も喜んで、またくれたりするんです。だけどね、人に与えたからって、相手が何かをくれるとは限らない。そこに不満を言っていたら、循環しないから、まずはいっぱいいっぱい与えることだけを考えればいいと思うんですよ。

物事を形にするには、空気ばかり読んでいたらダメ

今は書道家として仕事をしていますが、わかりやすいよう肩書をつけているだけで、僕の仕事は「コミュニケーションすること」だと思っています。書道教室にしても、そもそも始まりが書道だけを教えていなかったんですよ。教室を開いたとき、なかなか人が集まらなくてね。ようやく来てくれた生徒さんは近所の小学生の男の子。唯一の生徒さんでしょ。飽きてやめられたら困るから、冗談言って笑わせたり、野球を教えたり必死で楽しませようとしたら、まあ、しばらくは続けてくれたのですが、後に野球部のエースになってやめちゃった。トホホだったのですが、それはそれでいい。僕のしたことが、彼に何らかのいい影響を与えたわけですから。今も生徒さんに「教えている」という意識はないですね。秘かに自慢に思っているのは、教室に笑いが絶えなくて、みなさん伸び伸びと自分を表現しようとしてくれていること。僕はあおり役に過ぎなくて、教室は生徒さんに自分で何かを見つけてもらう場所だと思っています。

書や言葉、姿勢など僕のすべてを通して表現し、伝えたいのは、「人生をもっともっと楽しむ」ということ。大きな出来事ではなくても、日常のちょっとしたことのなかに心の底から湧き出るような楽しみってあると思うんですよ。そして、そういう楽しみは、いろいろな経験をして、知識も蓄積し、感性が研ぎすまされるほど増えてくる。決められたことをその通りにやっているだけでは経験値も限られるから、深い楽しみを見つけることはできないんじゃないかな。

とはいえ、レールから外れたことをやると、何が起きるかわからないから、怖いですよね。最初は失敗したり、空まわりもします。でも、どうせ空まわりするなら、思いっ切りしたほうがいい。まわり続ければ、必ず社会と歯車が合ってくるから。僕なんて空まわり人生でね。特に会社をやめた頃を思い出すと、顔から火が出る思いです。何一つ形になっていないのに、いろんな職業の人に会っては「一緒に世界を変えよう」なんて言ってドン引きされてばかりで。それでも、気持ちに嘘はなかったし、行動し続けたからこそ、一人ずつわかり合える仲間が増えて力をもらい、今があると思うんです。物事を形にするには、空気なんて読んでたらダメ。最初は「この人、何なの?」って遠巻きに見られるくらいでちょうどいいんです。みんな、もっともっと空まわりしてほしいですね。

information
「やりたくないこと」を書き出してみる、夢を「具体的に書いてみる」…。武田さんが主宰する書道教室「ふたばの森」で毎月出される「お題」はそんな示唆に富んだものばかり。同教室は満席状態が続いており、残念ながら、新規募集は行っていないが、『世界一受けたい生き方の授業―365日、楽しく生きる“ツボ”』(三笠書房/税込600円)には、その授業を再現するスタイルで、「楽しく、強く生きるためのヒント」が盛り込まれている。
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取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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