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掲載日:2012年3月21日

Vol.69 プレイヤー 夏木マリ

なつきまり・東京都生まれ。1973年、『絹の靴下』で歌手デビュー。80年、演劇活動にも活動の場を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞、紀伊國屋演劇賞個人賞などを受賞。93年から続くコンセプチュアルアートシアター「印象派」では身体能力を究めた芸術表現を確立。「印象派」では演出も手がけ、海外での公演も成功を収めた。第75回アカデミー賞長編アニメーション映像賞受賞作品『千と千尋の神隠し』の湯婆婆役で声優としても評価されている。2006年、ブルースロックバンド「ジビエ ドゥ マリー」を結成。07年にはパフォーマンス集団・MNT(マリナツキテロワール)を立ち上げ、後進の指導にも精力を注いでいる。また、09年に立ち上げた「One of Loveプロジェクト」を通し、発展途上国の子どもたちの支援も行っている。著書多数。
夏木マリOFFICIAL SITE:http://marinatsuki.com/

難しい課題を与えられるのは、本当にありがたいこと

ロクマル(60)を前にして、「朝ドラ」のヒロインをやらせていただくなんて、思いもよらなかったですね。『カーネーション』の主人公・糸子のモデルとなった小篠綾子さんには生前にかわいがっていただいたので、ご縁も感じましたが、私が演じるのは糸子の晩年。半年間のドラマのアンカー役を担うとあって、お話を頂いたときは「エライこっちゃ!」と思いました。

覚悟を決めてやらせていただこうと思ったのは、プロデューサーから「歳を重ねるごとにエネルギーを増していく糸子を表現できるという意味でお願いしたかった」と言っていただいたのが大きかったです。「老い」と「元気」という相反するものを表現するのは難しいこと。大変だからこそ、面白いと思いました。

私が大阪の現場に入ったのは、クランクアップの1カ月前。何カ月もかけて皆さんが作ってきた現場の空気もあってそこに入るわけですから、アウェーな感じがありました。当然、不安でした。でも、「アウェー」に向かい合ってみようという気持ちでした。

先日、脚本家の渡辺あやさんがおっしゃっていたのですが、渡辺さんは糸子の晩年こそが『カーネーション』の主題だと思っていたそうです。そして、「晩年を生きる」ということはまさに「アウェーを生きる」ということ、「歳をとる」ということは「自分をとりまく世界のアウェー化」だとおっしゃいました。私もその人生を演じたつもりです。

歳を重ねている役なので、フィジカルな動きが抑えられている分、セリフが多いのは大変でした。あるシーンで台本7ページほどのセリフがあって、当然すべてが岸和田弁。しかも、深夜に帰宅して「老け役」のための特殊メイクをするために朝4時に起きる生活を続けながら、明日のセリフを覚えなければいけません。正直、無理だとめげそうになったこともあるのですが、走り切れたのは、天国の小篠先生の存在のおかげも大きかったかもしれません。難しい課題を与えられるというのは、期待をしていただいているということですから、本当にありがたいこと。「がんばれや」と小篠先生に励まされているような感じがしました。

つくづく思うのですが、いくつになっても「簡単な仕事」というのはないですね。新しい仕事をするときはいつだってドキドキします。だから、常に新人のように「周りの方たちに教えていただく」という気持ちで仕事に向かってきましたが、『カーネーション』ではヒロインをやるということで特にその気持ちが強かったです。テレビドラマのヒロインというのはスタッフ、キャストや脚本など周りの方々の力で輝くもの。皆さんに自分を委ね、シンプルに演じました。私はやり過ぎなくらいの表現が好きなタイプなので、表現をそぎ落してシンプルにしていくというのは、芝居の原点に戻ったようでとても新鮮でした。表現の面白さ、奥深さをまたひとつ学ばせていただいた気がします。

仕事に追われているうちは、やめてはダメ

この世界には歌手として入りましたが、デビュー曲がヒットした後、8年間はキャバレー回り。人生はイメージを描くことが大切だと思うのですが、20代は「何かが違う」と感じながらも与えられたことをこなすだけでボーッと過ごしてしまいました。そんなときにミュージカルに出ないかと誘われたのが演劇を始めたきっかけです。最初は軽い気持ちでやってみたら大変で、歌も踊りも演技も満足にできない。「このままではいけない」と必死で学習するうちにたくさんの舞台に出演させていただくようになりましたが、集団が苦手だったということもあり、何かが自分のイメージとはかみ合ってない気がして悶々(もんもん)とし続けていました。

ただ、演劇というのが自分を鍛えてくれるということだけはすごく感じていたんですね。そこで、一人舞台で自分が本当にやりたいことを追求してみようと始めたのが、「印象派」です。最初は演出やパフォーマンスはもちろん、スポンサー集めからプログラム制作まですべてを自分でやりました。私財をなげうち、崖から飛び降りるような気持ちでした。

チームワークの素敵さを再確認して運営面を少しずつ人に任せたり、MNT(マリナツキテロワール)という集団を立ち上げてステージもチームでやるようになったりと変遷はありましたが、「印象派」はもうすぐ20周年を迎えます。表現をすることとか演じるというのはどうしても頭でっかちになりすぎなのですが、私はそういう演じ方ではなく、耳の不自由な方が観ても感動してもらえるような表現者になりたいという究極の夢があります。この夢を実現するのは一生かかっても無理だと思いますが、「印象派」を通じて夢の実現に向けて自分に何が足りないのか、何を捨てればいいのかは少しずつ見えてきました。その積み重ねがよりどころになって、ほかの仕事で迷ったり戸惑ったときも、腹をくくって進めるというのはあるかもしれないですね。

だから、続けるというのはとても大事だと思います。今は時間軸が短いから、じっくり物事に取り組まないうちに次に移る人が多いのが残念ですね。「石の上にも三年」とはよく言ったもので、そのくらいやらないと仕事に追われて好きか嫌いかもわからないまま終わっちゃうんじゃないかと思うんです。仕事というのは与えられたことをこなすのではなく、作り出せるようになってからのスタートですから、仕事に追われているうちは辞めちゃダメ。私もバンドをやったり、演技をしたり、文章を書いたりといろいろなことをやっていますが、器用な性質(たち)ではないので、楽しめるようになるにはすごく時間がかかりました。

仕事というのは好きでないと続きませんが、本当に好きかどうかはやってみなければわかりません。これから社会に出る皆さんには、少しでも興味を持ったことは何でもやってみて、ある程度の期間じっくり取り組んでみてほしいですね。「就職が厳しい時代だから、好きな仕事ができない」と言う人もいますが、そんなことはないと思います。会社の規模やブランドにこだわらなければ、チャンスはもっと広がるのではないでしょうか。

もちろん、リスクを取って生きようとすると苦労もします。でも、苦労はした方がいい。私は演劇のワークショップで「本物になるには、その人のセンス!」とよく言うのですが、センスというのは経験の幅だと思うんですよね。どんな世界でも最後まで残るのはセンスのいい人で、そういう人は必ず人一倍努力しています。ただ、私のようにいつまでたっても落ち着かず、新しいことをやり続けていたいという人間だと、もう大変。体力との闘いになります。だから、苦労は体力のある若いうちにしておくことをお勧めします。

information
NHK連続テレビ小説『カーネーション』(NHK総合 月〜土・午前8時00分〜8時15分ほかで放映中)ではファッションデザイナーの故・小篠綾子さんをモデルにしたヒロイン・小原糸子の72歳から92歳までを演じている。夏木氏は間もなく「ロクマル(60)」を迎えるが、素顔は年齢をみじんも感じさせない。撮影の後半は毎朝2時間かけて特殊メイクを施したという。
誕生日の2012年5月2日(水)に行うライブ「PLATINUM LIVE2012 60ロクマル」(17:45 OPEN 18:30 START/東京 新国立劇場 中劇場)では、歌はもちろん「印象派」のスペクタクルも入り、夏木氏を慕うゲストも登場する予定。特別な1日になりそうだ。チケット一般発売日:2012年3月31日(土) 詳細は「ディスクガレージ」HP(http://www.diskgarage.com/)
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取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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