プロフィール
今泉 健司(いまいずみ けんじ)
1973年、愛知県生まれ。小学生時代、書店で出会った1冊の本をきっかけに将棋に目覚める。14歳で奨励会(※)に入会。26歳の時、年齢制限により退会に。その後は将棋を教えながら、レストラン勤務で生計を立てる。瀬川晶司五段のプロ編入により奨励会に編入制度ができたことで、再度、プロ棋士を目指し、奨励会員に。しかし、35歳で2度目の退会。それでも将棋はやめることなく、アマチュア将棋界で頭角を現し、プロ編入試験に41歳で合格。2015年に念願の棋士デビューを果たした。著書に『介護士からプロ棋士へ 大器じゃないけど、晩成しました』(講談社)などがある。
(※)日本将棋連盟のプロ棋士養成機関。
9月7日に公開される映画『泣き虫しょったんの奇跡』。プロ棋士・瀬川晶司さんの半生を描いたこの映画には、“満26歳の誕生日までに四段に昇格できなかったら退会”という奨励会の規定によって、一度はプロの夢を絶たれるも、初めてアマチュアからプロ編入を果たし、将棋界に「プロ編入制度」をもたらすまでのドラマが描かれています。
映画の公開に先駆け、この制度によって戦後最年長の41歳でプロデビューを果たした今泉健司さんにインタビューしました。今泉さんといえば、今年7月の『NHK杯テレビ将棋トーナメント』で、あの藤井聡太さんに勝ち、話題になった“時の人”。
プロ棋士の夢を2度も断たれながら、どうやって挫折から立ち直り、長年の夢を実現できたのかーお話を聞きました。
夢破れても、将棋を嫌いにならなかったのはなぜ?
―今泉さんは奨励会に14歳で入会。中学卒業後、将棋一筋でやってこられたけれど、26歳の時に、プロ棋士の夢が断たれてしまった。厳しい世界ですね。
僕はエリートではありませんでしたが、自分の才能を信じていたんですよね。かなわなかった時は、やっぱりすごく落胆しました。
―奨励会を退会された方の中には、プロになる夢が断たれたことで、退会後は将棋を憎んでしまう人も多いと聞きます。今泉さんは、なぜ将棋を続けることができたのですか?
26歳で退会してすぐに、僕の地元・広島県福山市で将棋道場(※)の世話役をされている竹内さんという方が、将棋を教える仕事を下さったんです。
(※)席料を払って、利用者同士で将棋の対局ができる施設。
―そうだったんですね。
地元に戻る時には、NHKの村上信夫アナウンサーに「今泉さん、人生に無駄な経験は一つもありません。今まで本当に頑張ってきたと思います」という言葉を頂いて。それまでの自分の価値を認めてくれたのが将棋だったのだから、これは続けなければ!と思いました。
竹内さんも村上さんと同じことを言ってくださって。お二人の言葉は、今でも生きていく上で支えになっていますね。
―子どもの時から憧れていたプロ棋士への夢が26歳で断たれてしまった。その挫折から、どうやって立ち直られたんですか?
正直、立ち直れていなかったかもしれませんね。そうは言っても、動きださないといけないじゃないですか。だから、レストランの厨房(ちゅうぼう)で働き始めたんですけど、仕事でつらいことがあると、「なんで俺がこんなところで働いているんだろう」って思っちゃうんですよ。
―割り切れてはいなかったんですね。
そうです。こんなところなんて言ったら、一緒に働いていた人たちに失礼やけど。「なんで手を傷だらけにしながら、料理作ってんのやろ、俺」って。「俺は将棋指しなのに」って。一番つらい時は夢にも出てきました。
―その状態をどうやって抜けられたんですか?
抜けられなかったと思います。そんな風だったから、瀬川さんがアマチュアからプロになって将棋界にプロ編入制度ができた時に、もう一度挑戦してみようと思ったんだと思います。
35歳で2度目の挫折。「将棋以外の世界」が乗り越えるきっかけに
―そして、32歳で再び奨励会に編入された。
そうです。でも、また35歳で退会になって。将棋は僕の誇りとして一生指していくけれど、この時は本当にプロの道をあきらめようと思いました。その後、父の勧めで介護ヘルパーの資格を取って、高齢者向けの施設で働くようになって。そうしたら不思議なぐらい将棋の成績が出だしたんです。
―何が功を奏するか、わからないですね。
本当にそうです。人生わからないです。僕はそれまで、自分はずっと一人だと思っていたんですよ。もちろん将棋は一人で指しますけれど、みんなが手を差し伸べてくれていたことに気づけなかった。だから、ダメだったんでしょうね。
―それに気づいたのが、介護の現場だった、と。
そうそう。施設で働き始めたころは、僕一人では本当に何もできなかったんです。ただ、声がデカイだけで(笑)。でも、管理職の方が「今泉さんは仕事はさておき、利用者さんに全力で当たってくれているから、辞めさせないでもう少し様子を見よう」と言ってくださって。
ーそうだったのですね。
職員の方には面と向かって怒鳴られることも多かったけど、黙ってフォローしてくださることもすごく多くて。そのたびに、ありがたいな、一人で生きているんじゃないんだなと実感して、それからいろいろなことが変わりだしました。
自分の弱さも認められるようになって、プロへの道が開けた
―将棋以外の世界を知ったことで、将棋への向かい方が変わったところは?
介護の現場は直接「死」と向き合う現場なんです。もしかしたら、今日中に自分の周りの誰かがいなくなるかもしれない。そういう環境にいたことで、
自分自身はいつも笑って生きていきたい。最終的に笑顔で「今日も俺、頑張ったぜ」って1日を終えたい。そして周りの人も笑顔にしたい、そう思うようになりました。
―大きな気持ちの変化ですね。
自分の中でいろいろ変わっていったら、導かれるように棋士になっていたんです。本当にいろいろな出会いに背中を押されるようにして。生意気なことを言うと、若いころから将棋の力はそこそこあったと思うんですよ。足りなかったのは、“心の部分”だったんじゃないかなと思います。
―“心の部分”というと?
将棋って厳しいゲームで、負けるとどうしても人のせいにしたり、逃げたい感情が生まれたりするんです。でも、そういう感情をやっとうまく砕くことができるようになったというか。自分の弱さも認めることができるようになりました。
―「負けた傷を癒すすべがずっとわからなかった」、と著書にも書かれていますね。それで、41歳でプロ編入試験に臨まれた際には、もやもやした気持ちをノートに書き出すことにしたとか。
書きましたよ。「バカ」「アホ」と、自分に対する悪口を(笑)。1日、2日じゃ書き足りないぐらい。書けば書くほど、自分の心の汚れが取れてくるんです。人間、いつまでも悪いことって書けないもんですね(笑)。気持ちを言葉にして書いてみると、意外と大したことなかったりするんですよ。自分の心の中で、どろどろしたものに勝手に変えているだけで。これ、就活中の方にもオススメです。
―就活中って、自分と向き合って、いろいろ悩む時期ですよね。
悩んでいるときは、先のことなんか考えないで、取りあえず 今、目の前の1点を全力でやり切るといいと思います。目の前にいる人を喜ばせる。そして自分が楽しくなる。この2つを生き方の根っこにすると、そのためにできることがいろいろあるじゃないですか。そうすると、また違った視点が出てくると思います。
―ところで、話題になった藤井聡太七段との対局。今泉さんご自身「普通にやったら勝てない」とおっしゃっていましたが。
正直言って、勝算はゼロに等しかったですね。それでも自分の得意分野で戦うことだけは決めていました。そこに導けたのは、運が良 かったんだと思います。
―そういうとき、どんな心構えで臨まれるんですか?
悪いイメージを浮かべると、その通りに事は進むんです。だから、自分の中でうまくいっているイメージをできるだけ具体的に思い描くようにしています。
人間の脳って根本的にネガティブにできているそうです。それは死に向かって進んでいるから。だからこそ、良いイメージを浮かべると、脳がだま されるそうです。
―大器晩成型で良かったと思うことはありますか?
三段リーグに2度も敗れて、奨励会を退会になった人って、僕だけなんです。でも、今振り返ると、挫折は大したことじゃありません。どんなに大変なことがあっても、3年たてば笑い話って言いますけど、本当に大したことじゃないなと思いますよ。20歳そこそこでプロになっていたら、こうして皆さんに取材していただくこともなかったでしょうから。そう考えると悪くないですよね。
―瀬川さんの半生を描いた映画『泣き虫しょったんの奇跡』が9月7日(金)から公開されます。今泉さんもご覧になったそうですが、最後にご感想を聞かせてください。
瀬川さんがアマチュアからプロ編入の道を切り拓かれたわけですから、僕がこうして棋士になれたのも瀬川さんのおかげ。映画を見て、瀬川さんも同じようなことを感じて、同じような経験をされていたんだなと思いました。
―例えば、どんなところですか?
瀬川さん役の松田龍平さんが、奨励会を退会になった日に精神的に追い詰められて、泥沼にハマっていく場面があるんですけど、よくわかります。僕も奨励会時代は、ずっと空が曇り空に見えていましたから。瀬川さんは男前やし、人間的にも素晴らしい人やから、僕と一緒にしたら申し訳ないけど(笑)。
奨励会退会後にアマチュアからプロとなり、将棋界にプロ編入制度をもたらした“しょったん”こと、瀬川晶司五段の半生を描いた人間ドラマ。小学生のころから将棋のライバルだった隣の家の幼なじみとの友情や、26歳の退会が大きなプレッシャーとなり、ついそこから逃げて遊んでしまったりする仲間たちとの奨励会時代、そして退会直前の棋士たちが味わう泥沼の恐怖……。自身も奨励会の会員だった豊田利晃監督が、主人公の心境と彼を支える周りの人たちのドラマを生き生きと描き出す。松田龍平、野田洋次郎をはじめ豪華キャストにも注目。(C)2018「泣き虫しょったんの奇跡」製作委員会
『泣き虫しょったんの奇跡』9月7日(金)より全国ロードショー
公式サイトhttp://www.shottan-movie.jp
取材・文/多賀谷浩子
撮影/鈴木慶子
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