田中慎弥

たなかしんや・1972年山口県生まれ。山口県立下関中央工業高校卒業。2005年『冷たい水の羊』で新潮新人賞を受けデビュー。07年、『図書準備室』で初めて芥川賞候補に。08年に短編『蛹』で川端康成文学賞、短編集『切れた鎖』で三島由紀夫賞受賞。12年、『共喰い』で第146回芥川龍之介賞(芥川賞)受賞。同作は13年に映画化。ほかの著書に『実験』『神様のいない日本シリーズ』『これからもそうだ』など。山口県下関市在住。

けつまずいて転んで終わりでもいいから、とにかく最後まで書き切るしかない

十数年いわゆる引きこもりの状態でしたからね。小説を書き始めたのは20歳くらいのときですが、家族を含め誰かに作品を読んでもらうということは一切なかったです。だから、『冷たい水の羊』で新潮新人賞を頂いたときは、自分の文章を読んでくれる人がいるということが新鮮だった。ひとりで書き続けることをどうこう感じてはいませんでしたが、いざ読み手の存在を実感すると、それまでにはない手ごたえがありました。

 

2作目の『図書準備室』は新潮新人賞に応募後まもなく書き始めました。当時は出版のあてなどなく、ただ書いていただけ。そのうちに受賞が決まり、途中から仕事になったという格好ですが、書き上げられるかどうか不安だった覚えがあります。『図書準備室』の分量は原稿用紙120枚ほど。『冷たい水の羊』も100枚ほどありましたが、ヘトヘトになってなんとか書き上げたような状態だったので、これをこの先繰り返すなんて自分にはできないかもしれないと思って。

 

それでも、書き始めたからには、けつまずいて転んでもいいから、とにかく最後まで書き切るしかない。やれるところまでやろうと机に向かい続け、やっとの思いで原稿を書き上げて編集者に見せたのですが、「後半部分がダメなので、書き直してください」と言われてしまいました。あのときが一番大変でしたね。ものを書くということに関して、自分がこれでいいと判断したものを他者に否定されるという経験は初めてでしたから、どうしていいのかわからず途方に暮れました。

 

だけど、このままでは作品が文芸誌に載りませんから、どうにかしなければいけない。悩んだ末に、少しずつ細かい部分を直すのではなく、最初の原稿にはなかった極端な形の性暴力シーンをねじ込み、後半を一気に書き直しました。暴力や性的なことというのはデビュー作でも書きましたが、かなり残酷な、突拍子もないものというのを書こうとしたことはありませんでしたし、自分の中に暴力的な要素がさほどあるようにも思えない。ところが、『図書準備室』以降、「気がつくと、暴力について描いていた」という作品が多いんです。芥川賞を受賞した『共喰い』もそうですけど。自分だけでは出てこないものを編集者から引き出されるというのは、ひとりで小説を書いていたときにはなかったことだとは思います。

 

最新作の『燃える家』は文芸誌に2年半連載された作品で、原稿用紙1000枚を超える長編です。デビュー当時から、「いつかは長編を書きたい」とは思っていましたが、この連載を始めるまでの最長は180枚。長編を書くにはまだ力が足りないと感じていましたが、私はデビューが32歳と最近の作家の中では遅めで、「もう少し力をつけてから」なんて言っていたら、あっという間に時間が過ぎてしまう。力はなくても、とにかく書いてみようと思っていたところにタイミングよく連載のお話を頂いたので、「じゃあ、まあ、やってしまおう」と。小説の書き方も、私の場合、構成を固めて書いたりはしません。できないんです。ある程度方向性を考えてメモは作りますが、書いていくうちに「この先はどうなるんだろう」というところに必ず行き当たる。書き進めるほどに自分には何も見えていないことがわかってきて、「これかな」「あれかな」と手探りで次の一行を探す。一行、一行、おそるおそる書いていきますね。

 

作家の中には書き始める前にち密な構成を立て、ラストシーンまで決めてきちんとそれに沿って書くという人もいるらしいです。すごいなあと思いますが、私自身は文学について専門的な教育を受けたことがないので、論理的に考えて何かを構築できるだけの土台がない。だから、とりあえず、とにかくやってみなければいけないと思っています。頭の中で考えがまとまるのを待つ時間はないし、まとめようと思ってもまとまりませんから。

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向き、不向きというのは、続けられるかどうかということ

高校卒業後、作家としてデビューするまで仕事は一切せず、母親の収入だけで生活していました。この先どうなるんだろうとは思いましたが、働いてどうにかしようという意欲がなかった。就職活動をしたこともないですし、就職というものに対して意識がありませんでした。ただ、小説を書いて生きていければいいなとは思っていましたし、一日一行でも毎日書くというのは20歳のころから続けてきました。今日も下関からの新幹線の中で書きましたよ。

 

毎日書こうと思ったのは、そんなに悲壮な決意があってのことではないんです。きっかけは、テレビで観た山田詠美さんのインタビュー。作家になるまでのお話をされていたのですが、山田さんは宇野千代さんが雑誌か何かに寄稿した「書けても書けなくても一日一回机の前に座れ」という言葉を実行して作家になったと。それを聞いて、しめたと思いました。難しい勉強をして小説を書きなさいと言われたらちょっと無理だけど、机の前に座ることなら自分にもできる。とりあえず毎日書き続けさえすれば、いつかは作家になれると思ってしまったんです。結果的にはその通りでした。時間はかかりましたけど(笑)。

 

仕事について「向き、不向き」を気にする人もいますが、スポーツ選手など一部の人たちを除いて、学生のころから自分に何が向いているかをわかっている人はあまりいないはずですよ。私自身も子どものころから本を読むのは好きでしたけど、ほかに取り柄がなかっただけで、特別な才能があったとは思えない。書き続けることができただけで。だから、「向き、不向き」というのは続けられるかどうかということじゃないですかね。それを判断するには、やはりやってみないとわかりません。

 

続けるためには、情熱のようなものも大事ではあると思います。私には「絶対に作家としてやっていくぞ」という気合いのようなものがあったわけではないけれど、机の前に座って1行、2行を書く。それだけは正月だろうが、風邪で体調が悪かろうが、絶対にやると決めていました。机の前に座って書くというのは、小説を書くための合理的な行為。それ以上でもそれ以下でもなく、難しいことをしているわけではないけれど、絶対にやめない。そういう多少の情熱は私にもあったし、今もあります。

 

ただ、ある程度の時間と労力をかけて手ごたえがないのなら、その人は多分、ほかに道があるのだと思います。私は30過ぎてからのデビューだったので偉そうには言えないのですが、ほかの道を探すなら、若いうちにやる方がいいでしょうね。そのためにはなんとなく気になる方向を見つけたら、具体的な行為をできるだけ早く始めるということが大事だと思います。そして、それを続けられたらいいし、ダメでもほかの道はある。うまくいかないのは情熱だけがあって、具体的な行為ができていないという合理性のないパターン。仕事を続けていくには、情熱と合理性、絶対に両方ないと危ないです。

 

一日に一回は机の前で鉛筆を持って、何か書こうとする。書くというよりは書こうとすること。基本的には、私にとってそれが一番の世界です。だけど、そこで完全に自己完結してしまったら仕事にもならないし、小説にもならない。小説というのはどこかに自己完結している部分がないと書けませんが、作品によってはそれが外から「それは違う」と引っ張り出されて、人とのやりとりの中で次のものが出てくるということもあるとは思います。仕事として小説を書くことで、他者とのそういうかかわりができたり、対談などでまったく違う分野の方たちとお会いできたり、作品が映画化されたり、自分の世界が広がっていくことは素直にありがたいですし、面白いとは感じています。

 

今のところ私には小説以外に食べていく手段が見つからないし、これを何とかやっていかなければなりません。作家というのは10年やって一人前と言われますが、私はまだ8年しかやっていないので、あと2年持つかどうか…。あと2年持てば、その先も何とかなるような気もします。取りあえず毎日毎日、書き続けるというだけですね。書かないと、生きていけないですから。

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INFORMATION

最新作『燃える家』(講談社/税込み2415円)では初めての長編に挑んだ。舞台は田中さんが生まれ育ち、今も住む下関市をモデルにした町・赤間関。複雑な出生の秘密を持つ男子高校生を主人公に世の中を動かす「見えない力」に対峙する人間を描く。壇ノ浦で入水した安徳天皇をしのぶ下関のお祭り「先帝祭」の場面を描きながら展開されるクライマックスが圧巻。純文学でありながら、エンタテインメントとしての読みごたえもある作品だ。「いろんな方に読んでもらえることを意識してみました。自己完結しがちな私にしては、ちょっとは外に出られたかなと思っています(笑)」と田中さん。

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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