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掲載日:2011年11月2日

Vol.59 国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表 土井香苗

どいかなえ・1975年神奈川県生まれ。東京大学在学中の96年、最年少(当時)の21歳で司法試験に合格。97年NGOピースボートの一員としてアフリカ・エリトリアにて1年間法務省で法律づくりを手伝う。2000年弁護士登録。原爆症認定集団訴訟、アフガニスタン難民弁護団など外国人の権利や平和問題を中心に活動。06年アメリカ・ニューヨーク大学ロースクール修士課程修了(国際法)。07年にはニューヨークの州弁護士資格も取得している。06年、ヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部のフェローを経て07年から日本駐在員、08年東京ディレクター(日本代表)となる。09年にヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィス設立。10年第32回エイボン女性賞受賞。著書に『巻き込む力 すべての人の尊厳が守られる世界に向けて』(小学館)、『“ようこそ”と言える日本へ』(岩波書店)。

一つひとつの裁判を通して難民を守るだけでは、限界があると感じた

アメリカの同時多発テロを発端にアフガニスタン戦争が始まった2001年10月、日本で難民申請をしていた何の罪もないアフガニスタン人が強制収容されるという事件が起きました。日本は、難民の保護を定める「難民条約」を批准しており、申請中の難民を理由もなく拘束することは許されないことです。難民の身柄拘束を解くよう「アフガニスタン難民弁護団」が結成され、弁護士として2年目だった私も加わりました。

残念ながら、最終的にアフガン難民の裁判には負けてしまい、難民の多くが祖国への送還を余儀なくされました。私は30歳でアメリカに留学するまでの5年間、日本国内の外国人の人権を守るための裁判にかかわり続けましたが、このアフガン難民裁判に限らず、解決できなかった問題はいくつもあります。

 自らの力のなさに落ち込んだり、裁定の理不尽さに憤ることは何度もありましたが、無駄に終わったことはひとつもありません。アフガン難民の裁判にしても、新聞やテレビなどで取り上げられて、日本にいる難民のことを世間に知らせることができましたし、難民申請のルールの見直しなど政策にも影響を与えることができました。これは日本の難民制度の改革において大きな一歩でした。

ただ、弁護士として日本国内の難民問題に携わって実感したのは、一つひとつの裁判を通して難民を守るだけでは限界があるということです。世界には4000万人ほどの難民がいると言われており、新たな難民も次々と生まれています。難民となった人を保護することももちろん大切ですが、難民が出ないようにするための活動の重要性を身にしみて感じたのです。

難民が生まれる根本的な原因は人権侵害です。その人権を守るための国際的な枠組として国際人権法があり、世界中から人権侵害をなくす活動をするには、国際人権法をもっと勉強する必要があると考えてニューヨーク大学のロースクールに留学しました。

渡米する時、留学後のことは具体的には何も考えていませんでした。当時の日本には、国内を含めて世界中の人権問題を扱うNGO(非政府組織)がなかったので、いつか作りたいとは思っていましたが、NGOだけで食べていくのは難しいのが日本の現状です。どうしたものかと考えていたときに、ロースクールの授業などを通して現在代表を務める国際NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」の活動を身近に知る機会がありました。

HRWは人権侵害について世界最高峰の情報を持ち、客観的で徹底した調査をもとにした各国政府への政策提言などを通し、人権を尊重するための世界的な動きを作り出している団体です。その活動内容はまさに私がやりたかったことでしたが、HRWは人権問題に携わる弁護士にとって憧れの存在で、狭き門です。それでも、何とか1年間の期限つきでHRWにフェローとして採用され、ロースクール卒業後、ニューヨークのオフィスに勤務しました。その間に、日本政府に政策提言を行うために上司を日本に連れてくる機会があり、そのときの仕事ぶりを認めてもらって、東京オフィスの設立を任されることに。資金集めから奔走し、2009年から日本での活動をスタートして現在に至ります。

世界を知り、発信する。ささやかなことでも、そこから世の中は変わっていく

私が難民問題に関心を持ったのは、犬養道子さんがアジアやアフリカの難民キャンプを訪れて書いたルポルタージュ『人間の大地』を読んだことがきっかけです。紛争などによって自分と変わらない普通の人たちが悲惨な目にあっている実情を知って驚き、世の中の不正義に対して怒りを感じました。そして、「難民を助ける仕事をしたい」と強く思うようになったのです。

大学では法学部に進みましたが、難民問題への関心が消えることはありませんでした。とはいえ、「難民を助ける」というと、当初は経済面での支援をイメージしていたんです。法律が難民や紛争の問題と闘うための大きな武器になると知ったのは、大学3年生で司法試験に合格し、翌年にNGO(非政府組織)「ピースボート」のボランティア活動に参加したのがきっかけです。「ピースボート」は当時独立したばかりのアフリカの国・エリトリアをサポートしており、その縁から、現地で1年間法整備のお手伝いをさせてもらったのです。

司法試験に合格していたとはいえ、法曹になるというのはもともと親が強制的に決めた道でした。私自身は弁護士というと「お金持ち」というイメージだったのであまり積極的でなかったのですが、法整備のボランティアをする過程でさまざまな日本人弁護士さんに出会い、その姿に感銘を受けました。独裁政権によって多くの弁護士が虐殺されたカンボジアで弁護士の養成のために尽力されている方や、日本国内の平和問題やホームレス問題に取り組む方など、草の根で闘う人たちばかりでした。そういった方々に刺激を受けて、法律家として難民問題に取り組むという方向性が見えてきました。

その後についてはすでにお話しした通りですが、人権や難民の問題に取り組んでいると、「なぜそんなに頑張るの?」と不思議そうに聞かれることがよくあります。人権侵害や難民について、どこか遠い問題のように感じている日本人が多いからなのかもしれません。でも、罪もない人が殺されたり、自由を奪われるなど人権侵害の実態を知り、「放っておけない」「何とかしたい」と考えることはごく自然なことだと私は思います。

国際的に見ると、日本は大きな人権侵害をしているイメージはないものの、世界中の人の人権保護で評価されている国でもありません。世界有数のODA(政府開発援助)大国でありながら、自国民を虐待している政府にも多額の援助をしているケースもあり、長い間批判を浴びてきました。でも、日本はアジアの中では人権を尊重している国ですし、経済力もあります。人権問題を解決するためのポテンシャルは低くないのです。それなのにリーダーシップを発揮できないのは、人権侵害の実態に関する情報が少なく、国民が「知らない」から。「知る」というのはとても大切なことなのです。

世の中で起きていることを深く知れば、すべてが自分につながっていることに気づきます。何に問題意識を持ち、その問題に対してどう行動するかは人それぞれですが、これから社会に出る皆さんには、世界を自分の目で見て、自分の耳で聞き、感じるということを意識してほしいと思います。それも、先進国だけではなく、いわゆる発展途上国と言われる国々にも目を向けてくれたらうれしいです。実際に現地を訪れることができれば一番ですが、難しければ、BBCなどのニュースを見るだけでもいい。そして、疑問に感じたことは、ツイッターのひと言でもいいから発信できたら素晴らしいですね。世の中はそのひと言から変わっていくんです。

私自身がそうでしたが、問題意識を抱き、「解決すべき」とか、「変えていきたい」「やりたい」と思うことがあるのなら、やってみればいいんです。最初は理解をしてくれる人がいなくても、強く信じるものがあれば、サポートしてくれる人は現れるものです。ただ、NGOなど公益的な仕事の場合は、雇用そのものがなかなかありません。これは従来の日本のNGOの多くが無報酬のボランティアに支えられ、十分なお給料を支払える組織がまだ少ないからです。

HRWでは寄付以外にもディナー・パーティーなどのイベントを開くなどして戦略的に資金を集め、職員にも相応の報酬が出されます。持続可能な活動を行っていくためには、今後は日本のNGOにもそこで働く人たちの生活を支えられるだけの経営手腕が求められると思います。将来的にはNGOがより多くの雇用を生み出せるよう私たちも頑張っていますが、1年後、2年後に実現というわけにはいきません。それでも、志があるのなら、ぜひやってみてほしい。求人がないなら、自分で仕事を作ればいいんです。起業するのもひとつの方法でしょうし、最初は無償で既存の組織に参加させてもらって、自分の食い扶持(ぶち)を自分で稼ぐという手もあるでしょう。誰かに雇われるのを待つのではなく、自分で自分を雇う。そういう心意気を持っている人なら、道はいくらでもありますよ。

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世界約90カ国で活動する国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、弁護士、元政府関係者、研究者など、多彩なバックグラウンドを持つ専門家集団。1978年に設立されてから、現在では約90カ国の人権状況を常時モニターしている。東京オフィスは2009年4月に開設。独立性を確保するため、政府からの資金援助は一切受けず、個人や私立財団の寄付のみで運営されている。「日本語公式サイトでは、HRWの配信するニュースからHRW東京オフィスが選んだニュースを日本語訳してEメールで配信しています。ぜひ登録して、世界の人権問題について知っていただけたらと思います」と土井氏。 公式サイト(日本語):http://www.hrw.org/ja 日本語Eニュース配信の登録:http://www.hrw.org/ja/node/81924
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取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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