たにむらしんじ・1948年大阪府生まれ。桃山学院大学中退。71年、バンド「アリス」を結成。72年『走っておいで恋人よ』でデビュー。『冬の稲妻』『チャンピオン』など数多くのヒット曲を出す。74年からソロ活動も開始し、『昴』『いい日旅立ち』『サライ』など名曲を世に出す。2004年、上海音楽学院常任教授に就任(現在は名誉教授)。11年からは東京音楽大学客員教授として音楽を志す若者の育成に尽力している。13年にはアリスを再始動し、全国47都道府県で64公演のツアーを展開。ツアーファイナルの日本武道館での公演を収録したブルーレイ『ALICE CONCERT TOUR2013〜It’s a Time〜日本武道館FINAL Premium Edition』発売中。14年2月26日にはDVD『ALICE CONCERT TOUR2013〜47都道府県 全64公演ツアー完全密着〜』も発売。ソロ活動も活発で、4月2日(水)の東京・国立劇場を皮切りに大阪・フェスティバルホール、名古屋・愛知芸術劇場で谷村新司リサイタル2014「THE SINGER〜サクラサク」を開催。
谷村新司 SHINJI TANIMURA OFFICIAL SITE http://www.tanimura.com
不思議なことって実は世の中にはひとつもない。すべてに答えがある
高校時代にアマチュアバンド「ロック・キャンディーズ」を結成して音楽活動を始め、23歳のときにバンド「アリス」でデビュー。後にソロでも活動するようになりましたが、僕は一貫して作詞・作曲の両方を手がけてきました。
ミュージシャンの曲作りの方法は人それぞれで、楽器を鳴らしながら思い浮かんだメロディに後で歌詞をつける人もいれば、机にひたすら向かって書いた歌詞にメロディをつけていく人もいます。いずれにしても、メロディと歌詞が同時に生まれるのは珍しいようです。僕の場合は昔から突然メロディが思い浮かび、最初から歌詞がついていることもよくあります。
『昴』もそうでした。メロディと歌詞が同時に浮かんで、最初はかつてないほど鮮明で「さらば昴」という最後のフレーズでした。なぜ『昴』を書いたのかと聞かれても、「心に浮かんだ景色を歌にした」というのがいつわらざるところでした。
歌詞の意味についてもその詞に込めた想いはありましたが、一つひとつのフレーズに複数の意味が隠されていたことが、だんだんわかってきて、すべての意味がふに落ちたのは、55歳のときに帯状疱疹(たいじょうほうしん)で体調を崩したのをきっかけにいったんコンサート活動を休止し、久しぶりにじっくりと『昴』について考えたときでした。
その過程で気づいたのは、詩を書き、メロディを作り、歌うことで、音楽を通してその意味を一人でも多くの人に届け、伝えることが自分に与えられた「役割」なんだ、ということでした。
そして、その「役割」を命の限り続けていこうと思っています。
人にはそれぞれ、与えられた「役割」があって、今現在を生きている若い人たちにも、自分の心を信じて、その「心の命ずるまま」に生きていってほしいな…と思っています。何歳になっても子どもの心のように「なぜ?」という疑問にはいつも好奇心を持ってぶつかっていってほしいですね。
ある物事について考えても答えが見つからないというときに、よくみんな「不思議だね」って言いますよね。「考えても仕方ないね」って。僕にとって『昴』の意味もそうでした。この曲がなぜ生まれたのか不思議だったし、「みんなに愛していただいている曲なのだから、それぞれの解釈があっていい。一つひとつのフレーズの意味を突き詰めて考えても仕方ない」と思っていました。今も『昴』の歌詞の解釈については皆さんのものだと思っています。
ただ、僕個人にとっては『昴』の「不思議」にとことん向かい合い、自分の中に確かな答えを見つけたとき、新しい道が開けたんです。以来、世の中の不思議なこと、これまでの自分の常識や価値観ではわからなかったことに出合うたびにわくわくします。「不思議だね」のひと言で思考停止しなければ、不思議なことって実は世の中にひとつもないと思うんです。すべてに答えがあると思っています。「その答えを自分で探そう」と考えただけでも、何だか楽しくなってきませんか?
信念を持ってやりたいことをやっている人は、必ず誰かが応援してくれると思う
2013年は「アリス」の再始動で全国64カ所でライブをやり、新曲ばかりのニューアルバムも作りました。ソロアルバムも作っているところですし、本を書いたり、07年から始めたカルチャープログラム「ココロの学校」で全国を訪ねたりと寝る間もない日々でした。「よく体が持ちますね」と言われますが、大丈夫です。人の体ってそんなにヤワじゃないし、やりたいことがあるのに「体力的にキツいから」とやる前に線を引いてしまう方がストレスがたまって体に悪いと僕は思っています。
こうお話しすると、みんな「そうですよね」とうなずくのに、なぜみんなやりたいことができないときがあるんでしょうか? きっと邪魔をするのは脳なんだと思います。脳の中にデータが入り過ぎていて、データに左右されてしまう。僕の場合はそれがあまりないんでしょうね。「アリス」のデビュー当時のまったく売れなかったときも、30年以上前にアジアとの文化交流活動を始めたときも、お金はもうかるどころか赤字だったけれど続けることができました。たくさんの人が支えてくれ、それをやるべきだと信じていたからでしょうね。
僕は社会的には少し変わった人なんだと思います。でも、自分がやりたいことを心に決めていると、必ず周りも動いてくれるんですよね。心ある企業の方が応援してくれたり、もうだめかなというときに助けてくれる仲間がいたり。「あ、これは続けなさいということなんだな」と思わせてもらえる。そんなことが多々ありました。感謝です。
これから社会に出る人には、「君は何をしたいの?」と聞いてみたいですね。「社会はこういうもの」とか「自分には合わない」と決めつけないで、心で感じたままに自分が信じることを追い求めていってほしいです。
僕はこれまで「今、やりたいと思うこと」をやらせてもらうことができました。これからは、子どもたちの世代が心豊かに生きていけるように、今の大人たちがやるべきことがきっとあると思います。僕の場合、最初はただ女の子にモテたくて音楽を始めたのですが、そのうちに自分の歌で喜んでくれる人がいることが自分の喜びになり、そういう人のために歌いたいという思いが生まれてきました。この仕事をしていると、大切な人に贈り物を選ぶような気持ちになってくるんです。仕事って、自分の心を喜ばせることなんですね。
INFORMATION
近著『谷村新司の不思議すぎる話』(マガジンハウス/税抜き1400円)では、『昴』誕生の経緯や、ミステリアスな歌詞の意味をつづっている。また、「千円札の裏に描かれているのは富士山なのか?」「心は本当にあるのか?」など世界中の「不思議な物語」に隠されたメッセージを谷村さん独自の視点で解き明かす。
取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子